魔獣

 獅子が雄叫びをあげてひらりと飛び、バーリに襲いかかった。バーリはそれを見事によけて、背中の剣をすらりと抜く。ファルのようにあざやかに退散させるというわけにはいかないかもしれないが、バーリも剣の腕には覚えは大変あった。猛獣の一匹や二匹、相手にできないことはない。

 「はっ!」

 間合いを詰め、絶妙のタイミングで喉笛に一突きを決める。手応えは確かにあった。もらった・・と思ったが何かが違った。バーリは信じられない思いで目の前の獅子の姿を見た。確かに手は負わせたらしかったが、獅子の苦しみ方が予想と違う。というよりむしろ、ほとんど苦しんでいないように見えた。まさか・・。

 「魔獣なのか?」

 噂には聞いた魔獣の本物が目の前にいるのか。

 魔獣なら自分の剣で傷を負わせることはむずかしい。魔獣には魔剣でなければ、ほんのかすり傷ほどしか付けることができないのだ。かすり傷を山ほどつけてやれば万が一勝てないこともないかもしれないが、そんなことやってた日にはどれだけ時間がかかることか。むこうを倒す前にこちらが疲れきって倒れてしまう。

 「シャクティ・・」

 今の状態でこいつを仕留めるには、シャクティと共鳴して発する熱線しかなかった。バーリはシャクティを呼んだが、彼女は声ひとつ聞かせなかった。そっか、さっき怒らせたんだっけ。しかしそんなこと言ってる場合かどうか見ればすぐにわかりそうなもんだ。

 「シャクティ!話はあとだ、とりあえずあれを・・」

 獅子がまたひと飛びしてバーリにぞっとするような爪を向ける。それを剣ではらってバーリはまたも呼び掛けた。

 「シャクティ、出て来てくれ!あんた俺の守護霊だろ!」

 しかしやはり声はむなしく響くだけだった。

 いけない、これは本気だろうか。本当にシャクティは俺が死ぬことを望んでいるのだろうか?二人揃ってめでたく成仏することを?

 「シャクティ!」

 駄目だった。バーリは目の前の獅子をぐっと見据えた。シャクティの助けはあきらめなくてはいけないらしい。ひとりの力でなんとかするか。するしかないか・・。

 ええい!

 「!」

 腹をくくってしばらく獅子とやりあっていたバーリの膝が、突然バランスを崩してがくんと揺れた。不覚!間に合わない。獅子の爪がバーリの視界いっぱいに広がる。もうだめだ、避け切れない・・。

 畜生!バーリが最後の力とばかり、剣の柄を握りしめた時だった。まばゆい光がバーリと獅子の間におそろしい勢いで広がった。獅子は目をくらませその場によろけた。バーリは膝を床につき、首を振ってまばたきをする。

 これは・・?

 「あ・・。」

 

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