落とし穴

 何故バーリが呆けたようにファルの背中を見ていたかというと、ついさっき彼女が大きな虎を素手で撃退したのを見たばかりだったからである。仕留めたわけでなく退散させたのだが、それでもまともにわたりあったことに違いはない。しかもファルは終始一貫して余裕たっぷりだったのだ。このへんに伝わる武術なんです、とファルは事も無げに言った。子供の事からやってますからね。

 それで済ませていいのだろうかとバーリは思ったがなるほどと言って終わりにした。多分あの光景は死ぬまで忘れないだろうなあとも思う。

 さてそのファルが閉じた扉に手のひらを当てると、いきなり地響きがして、大砲だって壊せないんじゃないかと思えたその扉が、ゆっくりと左右に開きはじめた。中は真っ暗で淀んだにおいがしたが、ファルが一歩踏み込むと、ずらりと並んだ明かりが手前から順にさあっと点っていった。そこは狭いまっすぐな廊下で、中央に、豪華な縁取りのされた赤い絨緞がずっと最後まで敷かれていた。ファルはその上に足を乗せる。続いてバーリもそうした。

 「え?」

 「兄者様!」

 一瞬何が起こったのかわからなかった。しかしバーリが絨緞を踏んだその時に、足元がふっとかき消され、バーリはそこからまっすぐ下に、落とし穴にはまったように落ちていってしまったのだ。幸い「穴」はそう深くなく、ほぼ一階分下に落とされただけですんだので、多少痛い目は見たがどうにかバーリに怪我はなかった。

 「兄者様?」

 上の廊下からファルが呼んでいるのが聞こえる。いつの間にか天井はふさがっており、今やバーリは地下の廊下のようなところにひとりで立っていた。物理的に本当に穴が開いてしまったのではないようだ。

 「ファル、聞こえるか?」

 「はい、兄者様ご無事で?」

 「無事だよ、少々痛いくらいでね。そっちの廊下、どうもなってないか?」

 「はい全く・・。どうしましょう、どうしたら兄者様の所に参れるのでしょうか?」

 「うーん?ファル、とにかくそこをまっすぐ行けば祭壇に行けるんだな?」

 「はい、すぐですわ。」

 「じゃあ先に行っていてくれないか。こちらにも同じような廊下がある、うまくすればそこで合流できるだろう。」

 「わかりました。兄者様、くれぐれもお気をつけて・・。」

 そしてファルの声はしなくなった。バーリも一路廊下の向こうを目指す。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る