シャクティ

 泉の水でのどを潤したふたりがもう少し行くと、今度はやや広い湖に出た。手を浸してみると肌にやさしい暖かさだ。ファルが水を浴びましょうと言う。確かに埃っぽい砂地や、湿った森の中を歩きどおしで、身体がすこし重たくなっていた。

 お誂え向きに、こことむこうに、湖に大きくかかった木々の枝に囲まれまわりから目隠しされている箇所があった。ファルとバーリはそれぞれその枝の小部屋に入り込んだ。すっかりさっぱりしてバーリがそこから出た時には、ファルのほうはまだ外に出て来てはいなかった。

 バーリは、湖に張り出している広い岩の上に立ってみた。そこに座り込んで、なんとはなく湖面を見つめる。遮るもののない明るい日の光に照らされて、青い空と白い雲が湖の中にうつりこんでいる。さらに手前には、いつも見慣れたバーリ自身の顔が、時折波に揺らいで浮かんでいた。

 いつになくバーリはその顔を眺め返してみた。どちらかといえば面長で、目は横に長く切れている。真っ白でもないが肌の色は比較的白いほうだ。今さっき濡らしてしまった黒いまっすぐな、ずいぶん長い髪をうしろでひとつに束ねている。女顔と言えば言えるのかも知れない。少なくとも、この髪の結い方を変え、女物の衣装をまとっても似合うだろうということはわかっていた。なぜなら・・・

 「感心ねえ、むこうのこと、覗きにも行かないで。」

 いつの間にか水面の彼の顔のすぐ横に、まったく同じ顔が、甘く髪を結い上げて並んでいた。バーリがさっと振り向くと、小さな笑い声をあげて、何かがほほをかすめて宙に飛んだのがわかった。湖上にふわりと浮かんだその影は、踊り子のように首や手首や足首に細い輪飾りをいくつもつけた女の姿をしていた。バーリと寸分違わぬ顔の、その額にも鈍く輝くサークレットを着けている。身体には薄衣をぐるぐると複雑に巻き付けて、ところどころで大胆に素肌をさらけだしている。呆れるほど官能的な姿だが、宙にも浮いているとおり、どことなく質感が頼りなかった。

 「シャクティ。」

 バーリは軽く女を睨んだ。

 「人聞きの悪いこと言うなよな。俺がいつ覗きなんかしたよ?」

 それを聞くと女はまたあははと笑って二、三度ひらひらと宙返りをした。

 

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