第3話 推しが来る
途中で花屋に寄って供える花を購入。もちろん色は、キャラクターのイメージカラーだ。そしてそのまま自宅のアパートへやって来た凪。
階段を上がり、二階の奥から一つ手前が凪の部屋だ。
一番奥は凪がここに住み始めてからずっと空室である。
「八尾さんっ……」
推しの名前を呼びながら半泣きで鍵をとりだそうとリュックを探っているとき、凪の背後に誰か立った気配を感じた。
「呼びました?」
「ひいっ!? はぅ……」
「え?」
気配と声に悲鳴を上げて振り返る。するとそこには凪よりもずっと高い背丈で、スーツ姿の男性がそこにいた。
声をかけられたことによる驚きと恐怖から凪はスッと意識を手放してしまった。
力なく崩れ落ちる凪の体を、男は難なく受け止める。
「……どうしたものでしょうか……。おそらくここが女性の部屋でしょうが、勝手に入ってしまっていいのか……」
男は悩んだのもつかの間、自らの部屋に凪を運んだ。
☆
「うう……」
フカフカの感触に違和感を覚えつつ、ゆっくりと凪は目を開ける。そこに広がるのは、見慣れない天井。首を回して左右を見ても、見慣れない家具が並んでいる。
どこだ、ここは。
焦って体を起こしたら、ベッドサイドのテーブルに自分の荷物が丁寧に置かれていた。
「起きましたか? 体は問題ないでしょうか?」
「へ? へ?」
静かに姿を現したのは、先ほどの男。
整った顔。スーツの上着を脱ぎ、袖をまくったその姿に、凪は困惑した。
何故ならその姿は、凪が最も推している「八尾道人」そのものだったのだ。
違いと言えば、腰に携えていた刀がないこと。
それ以外は「八尾道人」だ。
「すみません。見知らぬ男の部屋に連れ込むなどと……しかし、女性の部屋に勝手に入るのも問題かと思いまして。ああ、ご心配なく、貴方に何もしていません。男臭いベッドで申し訳ない。急に倒れてしまわれたので」
スラスラと話す男の一言一句、頭に入っていない凪。ずっと目を丸くして、口をパクパクさせたままだ。
「そうでした、挨拶も自己紹介もまだでしたね。私は先日こちらに越してきた八尾道人ともうし――」
「存じております! もう大好きでございます!」
両手で顔を覆い、凪は叫んだ。
そしてベッドから飛び出て、床に額をつける。
「この度は私のようなゴミクズがベッドを汚してしまい、大変申し訳ありませんでした!」
「あ、いや……」
「この罪、死んでお詫びをっ……」
「ちょっと待ちなさいっ」
近くに腹を切れるものも、首をくくるものもない。
それならばと、凪は窓際へと駆ける。
換気のためか開放されていた窓。そこから飛び降りようとしたのだ。
正常な状態であれば、強い決意と勢いがなければ凪にそんなことはできない。しかし、二次元の推しが目の前にいて、更には介抱されていたという現実。凪に正常な判断などできなかった。
こんなことはあり得ないという考えもあった。
二次元の推しが現れるなんて、夢であるはず、と。
夢から覚めるには痛みしかない。
飛び降りれば夢から覚めるはず。
凪は八尾の静止を振り切って、目をつむったままベランダの柵を跳び越えた。
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