閑話【八神がイベントに出たいと言って巻き込まれた三嶋だ】

 《果ての弓》の入手――そして《ニーゼルレーゲン・フェッター》戦からしばらくして、ベリーはベルとアップルの二人を連れて草原に来ていた。


「さてベリー、聞きたいことはいろいろあるんだけど……」


 ベルは新しい防具を身に付けたベリーと、隣にいるアップルの姿を見てそう言った。


「まさかあなたが鈴さんだったなんて……」


 以前ベルの特訓現場を見ていたアップルは驚きを隠せなかった。


「ベル、ベル! この弓カッコいいね!」


「あ、うん。とりあえずこの子が九宮ココノミヤさんってことと、ベリーがまた異常に強くなったってことはわかったよ」


「さぁ、試し撃ちだ! 【霧雨】!」


 興奮気味のベリーはベルの言葉も耳に入っていないようだ。


 《ニーゼルレーゲン・フェッター》からドロップした《霧雨》という防具――白をベースに胸と腰には鎧が付いており、和風を感じさせるデザインだ。以前より格段に防御力が上がっている。

 そして、そんな新防具に付属している同じ名前をしたスキル【霧雨】を試さずにはいられない。

 その効果は《ニーゼルレーゲン・フェッター》が使っていたものと同じく発動後にスキルを追加、そして『霧・雨』と付くスキルの能力向上だろうが、壱から参型の他に【霧雨ノ矢】と【霧雨ノ舞】の二つが追加された。


「じゃあまずは〜……【霧雨ノ矢】発動〜!」


 《果ての弓》を構え、弦を引き絞って【霧雨ノ矢】を発動したベリーは、直後白く発光する一矢を放つ。

 放たれた矢は上空へ飛び、ある程度離れた途端に数えきれないほどの無数の小さな矢へ分散し、広範囲に地面に突き刺さった。


「【雨ノ矢】の強化版かな?」


「見た感じはね、というか矢の量スゴ」


「あ、あのイベントの時のベルほどじゃないよ〜!」


 ベルは【霧雨ノ矢】と似た【雨ノ矢】よりも一本一本が小さく、さらに矢と矢の間隔が狭いそれを眺める。

 未だに降り注いでいる矢は、避けることはもはや不可能だろう。

 その代わり放ってから降ってくるまで隙があるので、そこが弱点だとベルは片手に矢を受けてみながら思った。


「じゃあ次! 【霧雨ノ舞】!」


 次に【霧雨ノ舞】を発動すると、何やらベリーの周りに白い霧が現れる。


「な、なにそれ……」


「なんか……ベリーの輪郭がわかりづらくなってる気がするわね 」


「えぇっと……『一定時間、物理攻撃を無効化する』……だってさ!」


「…………あぁ、強いね、うん。敵さんがやられる光景がバッチリハッキリ見えるよ……」


「えぇ、そうね……あの火力に防御手段が増えたらいよいよね……」


 ベルとアップルはどこか遠い目をしていた。

 ベリーの成長具合を見て、自分も負けてられないと強く思う。


「よぉーっし! 次のイベントは前よりもっと上位に入賞するぞー!」


「そうだね、よし! 次も優勝してやるぞー!」


「「おーー!!」」


 二人はそう言って腕を突き上げて意気込んだ。


「私は応援に回るわ。タッグ戦じゃ組む相手もいないし、今から組もうにも時間がないしね」


「そっか、それじゃあ見ててね! がんばるぞ〜!」


 イベントまで、あと二日だ。



* * *



 一方その頃、八神結と三嶋竹志は――――。


「出たいよー! ベリーちゃんたちに会いたいよー!」


「へいへい、いいからさっさと仕事片付けろ」


「……ねぇ、一緒にイベント出ようよ! どうせやってるでしょ!? 育成済みでしょ!?」


 椅子からガバッと勢いよく立ち上がり、三嶋に詰め寄る。


「やってないこともないが……お前、俺らが運営側だって理解してるか? 仕事あるぜ? まぁ当日イベントを進行するのは俺らの役割じゃないけど……さすがになぁ」


「わかった! 仕事がなければいいんだね?!」


「……まぁな」


「よし! 私ちょー頑張る! だから仕事ちょうだい! 速攻で全部片付けて当日ゲーム三昧だぜ!!」


 八神は瞳を輝かせてそう言う。

 すると三嶋は深く、それはもう長くため息を吐く。


「……じゃあこれ、お前の仕事な、元々の。これ終わらせてから俺の手伝えよ?」


「え……こんなに? こんなにあるんすか……?」


「あぁ、頑張れよ八神……仕事をする気になって俺は嬉しいぞ……」


「うぐっ……仕方ない……本気を出すしかないみたいねっ!」


「おう、じゃあちょっと休憩してくるわ」


「うおおぉぉ! 三嶋の仇ぃぃぃ!」


 仇の相手は自分だろとツッコミを入れたくなった三嶋だが、もはや聞いていない八神は放ってさっさと社内食堂へ向かった。


 ――数十分後、休憩から帰ってきた三嶋は意気消沈している八神を見つめていた。


「た、竹ちゃん……仕事には、勝てなかったよ……」


 数十分でダウンした八神に、三嶋はただ一言、真顔でこう言った――。


「うん知ってた」


「くっ、予知能力者め……」


「ったく、なんでお前はこの仕事続けられてんだよ……ほら、さっさと片付けるぞ、イベント参加するんだろ?」


「え、いいの……?」


「仕事が終わったらな」


「よっしゃあ! 元気1000倍八神ちゃんですよっ!」


「さっさとやれ」


 こうして、いつもの数倍は働いた八神だった。


「――くか〜……すぴぴぴぴ……ねこちゃあ……」


「まぁ結局俺がやるんだけどな」


 そして寝落ちした八神の仕事を片付ける三嶋だった。


「……どう思うよ」


「いつも通り」


「正常運転」


「……だよな」


 そんな光景を見ていた同僚たちはそう口々に言う。

 もはや見慣れた光景すぎて、モニターに向かいながらも心の中では腕を組んで見守っていた。


 だが、いつも通りではあったが主に三嶋の頑張りで、二人はイベントに参加出来ることになったのだ。



* * *



「――お前……ニャンコ二世って……」


 イベント前日、三嶋は八神のキャラネーム見て絶句していた。


「いやいや、そっちはタケって……そのまんまじゃん!」


 八神ことニャンコ二世は、その名の通りと言うべきなのか、猫耳と尻尾が生えていた。

 そして三嶋ことタケは、どこかパッとしないモブのようなアバターだった。


「……やるか、久しぶりに」


「……そうだねタケちゃん。随分やってなかったし、体動かして慣れさせないとね!」


 それから、二人が通った道にいたモンスターたちは次々と狩り尽くされていった。


「――おらネコツー! そっち行ったぞ!」


「ちょっとネコツーってなにさ!」


「ニャンコで二世だからだよ! 【アイアンランス】!」


「ちょっ、勝手にあだ名つけないでくんない?! 【メテオ】!!」


「おまっ! 危ないだろうが!」


 モンスターが狩り尽くされて静かになったはずのフィールドには、二人の騒がしいプレイヤーがいるという噂が広まるのは近い未来の話だろう。

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