第30話【最強への一歩】
(大丈夫……出来る限りチャージして撃てばダメージが出せる……そうすれば回数も少なくなって、頭痛も酷くならないはず……!)
そうやって、ベリーは心の中で自分に言い聞かせた。
自分でも頭痛がどれほどの痛みになるのかわからない、わからないから怖いのだ。
頭痛の原因は現実では不可能な動き、脳が想定していない動きをシステムアシストにより再現することで、ゲームと繋がっている脳へ頭痛という形でダメージが反映されてしまう。
普通のゲームなら現実に影響があるスキルなど大問題で、あるはずないのだが……この【鬼神化】はいつまで経っても修正されない。
運営に気付かれていないのか……映像を確認していたとしても、第一階層ボス戦でベリーが頭痛で少しの間寝ていたこともただ休憩しているだけに見えたかもしれない。
『――【第参型・
その瞬間、頭痛のことを考えていたベリーに霧雨の剣士は水滴が落ちるかの如き速さで接近し、第参型を放つ。
刃先に細かな霧の水滴が何粒も密集し、白い塊にさえ見えるそれを、至近距離からぶつける。
チャージ中で、しかも考え事をしていたベリーにそれを自発的に避けることは出来ないが、既に発動させていた【絶対回避】が機能して回避出来た。
当たっていれば水滴の数だけ何度も斬り付けられていただろう。
「は、発動して良かったけど……次は……」
【閻魔】をチャージしているベリーは、現在動きが制限されているため、攻撃を避けるのはかなり難しい。
精々足を一歩か、体ひとつ分、横にズラすことが出来るくらいだろう。
そのためベリーは、次の攻撃をどう回避するかで頭がいっぱいだった。
『……フンッ!!』
霧雨の剣士はスキル発動後すぐに二本の太刀を振り上げ、ベリーの左肩から斬るように振り下ろす。
「ッ! ハァ……危ないっ」
ギリギリで体を仰け反らせ、回避に成功する。
あの二本の太刀自体の攻撃力がわからないので、この攻撃はあまり受けたくない。
「もうちょっと……いや、もっと…………」
ベリーは自身の太刀を強く握り、そう念じる。
それでチャージスピードが速くなるわけではないが、答えるように鬼神ノ太刀は鞘の中で獄炎と共に震える。
『【第弐型・
と、ここでほぼ回避不可能なスキルを発動されてしまう。
弐型は今までの斬撃、砲撃とは違い、空から霧雨を降らせるのだ。
一瞬で霧雨により景色が真っ白になり、ベリーのHPが少しずつ削れていく。
「ハァ……ハァ……これ、まずいかな?」
ここでベリーは気付く。あまり知りたくない事実だ。
【鬼神化】時にはベリーの防具が焼け焦げたように変化し、額からは二本の角が生えるのだが、その時、確かに熱を感じる。
つまり、今のベリーは炎属性ということだ。
対して今まで発動されたスキル【第壱型・
そう、属性相性が最悪で、霧雨の剣士に与えるダメージが軽減されるのだ。
「もっとダメージを、チャージしなきゃ……! まだまだ! 水を蒸発させちゃえばいいんだからッ!」
……だが、さらに恐ろしいことに気付く。
「――あれ……?」
ベリーは周囲に濃い霧雨が降っていることで、霧雨の剣士が目視出来なくなっていた。
それどころか、足音一つ聞こえない。
一瞬、第弐型の能力かと思ったが、違う。
『見えぬだろう、聞こえぬだろう。それが私の能力だ。何もない、白き世界で終わりを体感するがいい』
突如、霧雨の剣士の声がベリーの頭に響いてくる。
つまり霧雨の剣士はスキルで
いや、自分自身が霧雨そのものへとなっているのかもしれない。
『フンッ!!』
「うぐっ!? 後ろ……!?」
――背後から気配がした瞬間、ベリーは斬られてしまう。
太刀の刃すら霧雨になっているのか全く見えない攻撃に驚いたが、それよりも、HPが大幅に減少してしまった。
太刀の攻撃力は凄まじく、加えてこの霧雨だ。
「このままじゃまずい! ここから出なきゃ!」
ベリーは辺りを警戒しながら少しずつ歩み、霧の中を進んでいくが。
『ハァッ!!』
またしても、見えない姿、見えない刃によりダメージを受けてしまう。
【閻魔】のチャージ状態なのでポーションでの回復は不可能……【捕食者】で回復は出来ているが、
あと一回でも太刀による斬撃を受けてしまえば、瀕死に陥ってしまうだろう。
「ッ……出口……出口は……?!」
真っ白な世界で方向感覚が狂ったのか、いくら歩いても全く霧の外に出られない。
――――すると。
「ベリー!!! こっちよ!!!」
アップルがそう叫んだ。
「……てりゃあっっ!」
ベリーは出来る限りのジャンプをして、勢いよく霧の外へ出る。
地を転がり、誤ってチャージを解除しないよう踏ん張ってすぐ体勢を立て直し、目の前にいるアップルに微笑んだ。
「ラストアタック、決めちゃいなさい!」
「うん……ッ!」
ベリーは振り返ると霧雨の剣士を探す。
濃霧でよく見えないが、うっすらと影になっているところを発見する。
影は徐々に大きくなっており、ベリーに近付いているようだ。
「すぅぅ……よしッ!」
『……【終ノ型・
霧雨の剣士が二刀を納めると、辺りの霧はみるみるうちにその太刀へ吸収されていく。
「……ッ! 白狼、大鷲、離れるわよ!」
アップルは、周囲の雰囲気が一変したのに気付き、本能的にここが危険と予想してその場を離れた。
予想は当たっていた。
「――――ッ! ハァァァァァ!!!」
『ハァアアアッッ!!!』
ベリーと霧雨の剣士、二人はほぼ同時に抜刀すると、チャージしたスキルを遂に解放する。
荒れ狂う獄炎と乱れ舞う濃霧に、周囲には暴風が吹き荒れる。
洞窟内は水浸しになり、濃霧が先程までアップルがいたところに押し寄せていた。
「すっ、凄い…………!」
だが、そんな霧よりも……ベリーの放った【閻魔】の炎の熱で、洞窟内はサウナ状態になっている。
ベリー、アップル、霧雨の剣士――この場の全員が火傷の状態異常を受けるほどの熱気だった。
水浸しだった地面も、霧に濡れるベリーと霧雨の剣士も、その炎で乾いていく。
「うぐぅぅ、重い……!!」
だが、やはり霧雨の剣士の方がベリーよりパワーがある。
最初の攻撃と同じように、ベリーは押し返されそうになっていた。
「ベリーぃぃい!! 頑張れぇぇぇえ!!!」
アップルも何も出来ない代わりに、この熱気に負けないほどベリーを応援した。
「ッ! やぁぁぁああああ!!!」
ベリーは太刀に力を込め、霧雨の剣士を押していく――が、その瞬間、金属が割れる音が洞窟内に響き渡る。
「なっ、ベリーの刀がっ!?」
そう、音の正体は《鬼神ノ太刀・烈火》の耐久値が限界を迎えた音だった。
『――ハァァッッ!!!』
それを待っていたと言わんばかりに、霧雨の剣士は気合いを込め、太刀に全体重を乗せる。
その瞬間に、《鬼神ノ太刀・烈火》は完全に折られてしまった。
刃の半分が地面に突き刺さり、砕けた反動でベリーは前転して霧雨の剣士の股を潜り抜ける。
「ベリー…………?」
太刀が折られたベリーを心配そうに見つめるアップルだが、ベリーの表情は笑っていた。
まさに「これを狙っていました!」と言っているように、太刀をまだ構えながら笑っていたのだ。
――刃の破片がピクリと動き出す。
時間でも巻き戻っているように見え、アップルは目を擦った。
そう、破片がベリーの握っている太刀の半身に、独りでに集まりだしている。
「こ、これ……まさか【破壊修復】!?」
そう、ベリーの《鬼神ノ太刀・烈火》に付属されていたもう一つのスキルだ。
このおまけ程度に付属されている【破壊修復】は、付属している武器の耐久値がゼロになって破損時、耐久値を破損前よりも増えた状態で瞬時に修復するというスキルだ。
破壊修復というより、再生強化などと言った方がいいだろう。
修復されていく破片と共に、最も大きな太刀の先、折られた部分が破片と同じく再生するべく、地面から引き抜かれてベリーの元へ移動する。
『――グウッ!?』
突如、霧雨の剣士が唸る。
ベリーと折られた刃先のちょうど間に居たので、刃先が腹に突き刺さったのだ。
ベリーはそれも狙って霧雨の剣士の背後へ転がったのだ。
もちろん刃先は抜こうとしても抜けるはずなく、体を貫通してベリーの元へ戻り、《鬼神ノ太刀・烈火》は完全修復された。
だが、まだ霧雨の剣士のHPは残っている。
「【閻魔】ッ!!!」
そうベリーが叫び、チャージ済みの【閻魔】を発動する。
アップルが時間が巻き戻っているように見えたのもあながち間違いではなく、【破壊修復】は破損前の効果を受け継いで再生する。
だから【閻魔】も破損前のチャージが今に受け継がれ、高火力をすぐに出せるのだ。
「【閻魔】! 【閻魔】! 【閻魔】ァァァッッ!!!」
さらにチャージ済みの【閻魔】を連発し、霧雨の剣士のHPを削る。
ベリーは【破壊修復】について、《果ての弓》の場所を聞いた時についでに鈴から教わっていた。
この戦いでちょうど耐久値がなくなりそうなのに気付いて、この戦法を行ったのだ。
霧雨の剣士は急に腹を貫かれ、おまけにベリーは自身の背後に居たので、ベリーの作戦に気付いて振り返っても遅く、反撃も回避も出来るはずがなく、最後の【閻魔】を喰らった。
『…………ぐっ』
霧雨の剣士は膝をつき、焼かれた胸に手を添える。
これはやったかと、そう思った時――減少していくHPが1ドットで止まった。
【捕食者】の吸収も効果が切れていたため、この1ドットは削れずに残ってしまった。
『――【一閃】!』
霧雨の剣士は【一閃】を発動する。ベリーの残りHPを削り切るには充分だ。
「【一閃】――――ッ!!!」
が、ベリーは驚くべき反応の速さで、同様に【一閃】を発動する。
パワーでは負けていたが、【鬼神化】でステータスが上がっていたベリーの素早さと反応速度は霧雨の剣士を越えた。
閃光した刃から一筋の光が瞬き、一瞬の静寂が訪れる。
『……見事だ、プレイヤー・ベリー……』
そう言い残した霧雨の剣士 《ニーゼルレーゲン・フェッター》は、まるで霧のような光の粒子となって消滅した――――。
「く……クエスト、クリアだぁぁ〜!」
【鬼神化】が解除され、角も消えたベリーはその場に力無く倒れ込んで言った。
「ベリー! 大丈夫!?」
心配したアップルがベリーの元に駆けつける。
「うん、大丈夫だよ。応援してくれてありがとね……林檎ちゃん」
「頑張ったわね。ほんと……見てて凄かったわ」
「うん……あの騎士さん、何て言うか……凄い、生きてるって感じだったから、ちゃんと答えてあげようって思ってね」
「そう……でも確かに、あれでNPCなんて信じられないわね…………って、肝心の報酬は?」
「あっ、そうだった!」
そう、ここまで頑張って報酬無しなんてことはない。
「……わあ! 凄い、いっぱいある!」
ドロップアイテムとクエスト報酬を確認すると、《果ての弓》はもちろん、様々なアイテムや霧雨の剣士自身からドロップしたと思われる《霧雨》という防具一式まであった。
* * * *
――第一階層、中央広場。
洞窟から戻ってきたベリーとアップルは、体を伸ばす。
「ああぁ〜疲れたぁ〜!」
「お疲れ様。見てるこっちもハラハラしたわ」
「えへへ……あの時、声掛けてくれてありがとね! じゃあまた明日!」
「え、えぇ、また明日……い……苺っ」
「うん!」
『苺』と呼んでくれたアップルにベリーはニッと笑うとログアウトした。
――凄まじい相手だった。
この戦いで、霧雨の剣士のおかげで、ベリーはこのゲームのことをさらによく知れたと言える。
そして様々なことを経験し、かなり……いや、物凄く強くなれた。
それでもまだまだ、八坂苺……ベリーの成長は止まらない。
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