第27話【青騎士は再び剣を抜く】

「あっ! おはよー! 鈴、林檎ちゃん!」


 ほぼ同時に教室に入ってきた鈴と林檎に、苺は笑顔でそう言った。

 どちらも息が上がっていて、汗だくだ。


「お、おはよ……苺」


「おはよう苺さん……」


「二人とも走ってきたの?」


「「ま、まぁね……」」


 ゲームをしてたら遅刻しそうになった、なんて言えない二人はそう誤魔化し、席につく。


「そうだ鈴! 私、レベル上げたほうが良いかなって!」


 席についた鈴に苺が言う。


「急にどうしたの? まぁでも、良いんじゃないかな? イベントも近いし、レベル上げるのにデメリットはないよ」


「うんうん! そうだよね! それでね、装備も強くしたいなぁって!」


「あー、そうだね。それならこんなのがあって…………」


 ……という会話を、林檎はそわそわしながら聞き耳を立てていた。


「あ、あれってゲーム話し……よね? 何やってるのかしら……NGOなら一緒にクエスト行きたいけど……」


 ブツブツとそう呟き、もし一緒にゲームをしたらどうやるかということを頭の中でシミュレーションしていたら……いつの間にか一時間目の授業は終わっていた。


 ――そして放課後。


「私は今日ちょっと用事があって一緒にクエストは行けないから、気をつけてね」


「うん! 頑張ってみるよー! バイバーイ!」


 どうやら苺は一人でキャラ強化をするらしい。

 そうすると大体は何かしら持ち帰ってくるのだが……。


「あ、ああ……あの! 苺さん!」


「林檎ちゃん、どうしたの?」


「え、えっと……話聞いてて……その、何のゲームやってるのかなーって……」


「うーんとね、《New Game Online》って言うゲームだよ!」


「そ、そうなの!? あの、わ、私もそれやってて……良かったらクエスト……手伝おうか?」


 恐らく林檎は、人生で上位に入るほどの勇気を振り絞ってそう言った。


「そうなの!? じゃあお願いしようかな、私まだまだ初心者だからちょっと不安で……」


「う、うん! じゃあ第一階層の……広場の噴水で待ってるから!」


「わかった、また後でねー!」


 待ち合わせの約束をして、二人はそれぞれの自宅に帰っていった。



* * *



「大丈夫、いつも通りのアップルでいれば……というかお互いのキャラネームすら教えなかったけど、大丈夫かしら?」


 アップルの言う通り、普通ならわかるはずもない。

 キャラに現実世界の面影はあるものの、髪や装備で雰囲気がガラリと変わっているので気付かないことが多いのだ。


「あ、いたいた! おーい!」


 が、ベリーは容易に林檎らしきプレイヤーを見つけて声をかけた。


「あ、えっ? あなたが……苺さん?」


「あー! ワンちゃんの人!? 林檎ちゃんだったんだ!」


 ベリーのおかげで対面し、あの時山岳で会ったプレイヤーの正体をようやくお互い知った二人は、多少気まずいものの早速クエストへ向かう。


「――はぁ、まさかあの時の子が苺さんだったなんてね……偶然にも程があるわよ、全く」


「初めての出会いがここだったなんてね〜、ビックリだよ〜!」


「ホントよ。……それで、どこへ行くの?」


 意外と緊張しなくて安心したアップルは、ベリーにそう聞く。

 話は聞いていたのだが、すぐ側で聞いていたわけではないのでよくわからなかったのだ。


「えっとねー、新しい弓と防具が欲しいから鈴に聞いてねー」


 ベリーはそう言ってメモをアイテム化させ、アップルに見せる。


「《果ての弓》……へぇ、こんなのもあるのね。じゃあとっととゲットしちゃいましょ、ベリーさん」


「うん! あとベリーで良いからね! リアルでもそれくらい気軽にしてくれると嬉しいな」


「え、えっと……うん、頑張ってみるわ」


「よぉーっし! じゃあ行こうか!」


 気合いを入れ、二人はまず弓を入手すべく、そのクエストの場所へ向かった。


「――こ、ここ?」


「そうだと思う……」


 二人が辿り着いたのは洞窟だ。

 ただ小さく、酷く狭い空間になっている。

 人が一人やっと入れる幅の洞窟――ここに果ての弓があるらしい。


「とりあえず行きましょう。私が先頭になるわ」


「了解です!」


 そうして二人は狭い洞窟をゆっくり進んでいく。


「そういえば、鈴さんもやってるの?」


「そうだよ! ベルって言うんだー、可愛いよ!」


「ベル? ってどっかで……」


「――ひゃあ!?」


 アップルがどこかで聞いたようなベルという名前を思い出そうとした時、突然ベリーが悲鳴を上げる。


「ど、どうしたの!?」


「あはは……水滴が落ちてきたみたい」


 そう言いながら、水滴が落ちてきたであろう首筋の辺りを手で拭う。


「私まで驚くじゃない……それにしてもこの道、長くないかしら?」


「言われてみれば……確かに、モンスターも一匹も出ないなんて……」


 まだそこまで長い時間歩いたわけでもないが、クエストが発生するどころか、モンスターすら湧かない。

 そもそもこんな狭いところでモンスターと戦えと言われても難しいのだが。


「……もしかしたらクエストはもう始まっているのかも」


 クエスト報酬の武器は《果ての弓》――。

 この洞窟は果てしなく続き、謎を解かない限り最奥には辿り着けない……と、アップルは予想した。


「ど、どうしようか……? 寒いし、早く出たいよぉ」


 洞窟の中は寒いので白い息を吐いて体を震わせる。

 一方でアップルはレベルが高いからなのか、少しも寒がる様子はなかった。


「ちょっと待ってて……はい、コート。その装備には似合わないだろうけど、我慢しなさい」


 アップルはアイテム欄を操作しすると厚手のコートを取り出し、ベリーに渡す。


「あ、ありがとう! ……ふぉあ~、暖かいよぉ~!」


「さ、この洞窟の謎を解くわよ!」


「うん! でも私、もうわかっちゃったかも!」


 そう言ってベリーは洞窟の天井を指す。

 指に釣られてアップルも上を見ると、そこには一匹のコウモリがぶら下がってこちらを見ていた。


「さっきから居たんだ〜、あれがそうなんじゃないかな?」


 ベリーの言う通り、あのコウモリこそが果ての洞窟の謎だ。

 洞窟に入ってきたプレイヤーが一定の地点まで行くと強制的にテレポートさせ、永遠に入り口付近を歩かせるのだ。


「でかしたわ! 探す手間が無くなったわね。ブレイドビー……! あ、あれっ? ちょっ、手が引っ掛かって動けない!?」


「え、ええぇ!?」


「と、とりあえずあいつを倒して! 攻撃してこないとも限らないから!」


 そう言われ、ベリーは狭い空間でなんとか体勢を変えると弓矢を取り出し、天井にぶら下がるコウモリに狙いをつける。

 この時ばかりは体が小さくてよかったと、不本意ながらベリーは思った。


「よし、ここだっ!」


 そう叫んで、一矢を放つ。

 矢は意図も容易くコウモリの頭を撃ち抜いた。


「ふぅ……大丈夫?」


「う、うん……もうちょっとで抜け出せ……っと!? ど、洞窟が広くなった?」


 謎を解き、コウモリを倒したことで洞窟の形状が変化したのだ。

 両端の壁は後退し、自由に動き回れるくらい広々とした空間になった。


「あっ! あそこが一番奥かな?」


「そうね、でもあの感じ……多分ボスモンスターが居る。気を付けて行くわよ」


 洞窟の奥はドーム型になっていて動きやすい――ということは、ここで戦闘になるはずとアップルは警戒しながら言った。


「この感じ……何処かで……」


 今のところ敵の気配はなく、静かな雰囲気だが……それはベリーが以前戦った《ザ・ブラウリッター》を思い出す。


「ッ! なにか来るわ! 気を付けてベリー!」


 そうアップルが言った瞬間、雰囲気が一変して青い光が中央に集まり、鎧を形成していく。


「や、やっぱり……でも何か違う?」


 見覚えのある光景にベリーはそう呟くが、鎧が完全になり、兜から赤い光がこちらを睨んできて以前とは異なる状況だと理解した。


『グォォォォ!!!』


 その姿はやはり青騎士……《ザ・ブラウリッター》だった。

 しかし以前の冷静さは皆無に等しく、狂ったように剣を振り回している。

 頭上に表示された名前は《ザ・ブラウリッター・ツヴァイ》――。

 兜がヒビ割れ、口元がまるで怪物の牙のように変形していた。


「……アップルは援護をお願い!」


「了解! 召喚、【白狼】!」


 アップルは白狼を召喚して援護に回る。

 ベリーは刀を構え、青騎士を見据える。


 あの時……《ザ・ブラウリッター》を倒した時、ベリーには何の討伐報酬も与えられていなかった。

 ただ運が悪かったからなのか……というのは違うのだろう。

 あの時、あの戦闘の中で、別のクエストフラグを発動させていたから――《果ての弓》が入手出来るこの場所に、《ザ・ブラウリッター》を倒した者が入ることで新たなクエストが発生したのだ。


 様々な偶然が重なり、今、リベンジに燃える青騎士との再戦が始まろうとしている。


「――行くよ! 【鬼神化】ッ!」

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