第28話【昇華】

 ベリーが以前戦った青騎士は見た目にそこまで大きな変化はないが、黒い雰囲気が漂っている。

 復讐という言葉しか頭にない、狂戦士ならぬ狂騎士へと変貌していた。


「――【オールアップ】ッ! 白狼、攻撃開始よ!」


 アップルがベリーと召喚した白狼に全ステータス上昇のバフを施すと、白狼に攻撃指示を出す。

 白狼は主人の命令を聞いて頷き、一吠えすると《ザ・ブラウリッター・ツヴァイ》を牽制し始める。


「行くわよベリー!」


「うん! 【鬼撃】ッ!」


 白狼に続き、ベリーとアップルも攻撃を開始する。

 ベリーは【鬼神化】を発動させたことで解放された単発攻撃スキル【鬼撃】を青騎士の頭に直撃させる。

 ただエネルギー弾を飛ばすという純粋な砲撃だが、その強い衝撃に白狼の蹴り飛ばし攻撃も重なって、青騎士の上体が後ろに反れた。


「やっぱりやるわね。私も負けてられないわ! 【メタル・コーティング】!」


 アップルは短剣を二本抜くと刃を強化し、体勢が崩れた青騎士に接近する。

 ――――だが。


『グルァァ! グガァァァア!!!』


 青騎士は後ろに反れた上体を己の意思でさらに反らし、クルっとバク転をして体勢を立て直すと大剣を凪ぎ払う。

 アップルは刃をギリギリで後ろへジャンプして回避したが、青騎士の間近にいた白狼は回避行動が間に合わなかったのか、ダメージを喰らってしまった。


「発動しておこう……【絶対回避】、【開放ノ術】!」


「【ヒール】!」


 ベリーは保険をかけておき、アップルは白狼を回復させる。


「よし……それなら〜! 【覇気】!」


 すぐに体勢を立て直すならと、ベリーは【覇気】を使って青騎士を吹き飛ばして動けなくする。

 数秒間の拘束、これならば先程のようにはいかない。


「【裂斬】!」


 そうして生まれた隙に、ベリーは青騎士へ接近すると【裂斬】を発動する。

 【裂斬】は斬りつけた相手を高確率で一定時間、裂傷状態にするという効果を持つ。

 その裂傷ダメージは心許ないが、アンデッド系のモンスター以外ならほぼ確実に裂傷状態にして継続的なダメージを与えることが出来る。

 さらに前方、扇状に太刀を振るうため、多くのモンスターを巻き込むことも可能だ。


 そんな【裂斬】を喰らった青騎士は、鎧が邪魔をして裂傷ダメージが半減しているものの、少しずつだが確実にダメージが入っていた。


「連続……【鬼神斬り】ッ!」


 まだ【覇気】の効果で拘束されている青騎士に、ベリーはさらに追加でダメージを与えていく。


「召喚、【大鷲】!」


 そしてアップルは鳥型のモンスター大鷲を召喚して、白狼と共に攻撃させる。


「ハァ!!」


 白狼、さらに大鷲の攻撃の合間を縫ってアップルも青騎士の足を斬る。


「な……ダメだ、短剣じゃダメージが薄い!?」


「あ、あれ? なんか……アップルちゃん、HPが全然減らないよ!」


 そう、アップルの攻撃だけではなく、裂傷ダメージはもちろん、連続【鬼神斬り】のダメージまで無効化されていた。

 しかし、その理由はすぐにわかった。


「なるほど、第二形態ってことね……!」


 よく見るとHPゲージがあと半分になっていた。

 意外にも早めに後半戦突入と、そう思ったが……ベリーとアップルは《ザ・ブラウリッター・ツヴァイ》の半分削れたHPゲージの下に、緑色の線が伸び始めたことに気付く。


「え、HPゲージが……三つも……?」


 そう、HPを表示するゲージが合計で三本になっていた。

 つまりはこの戦い、後半戦なんて突入しておらず、まだまだ序盤……さらにはHP量からして、このあと第三、第四とまだ形態がある可能もある。

 この第二形態は鎧の硬質化――二本目のHPゲージに突入するまで、一時的に防御力が上昇し、ほとんどの攻撃が通りにくくなるのだ。


「長期戦は予定にないわよ全く……! ベリー、ゴリ押し任せたわ! 【パワーアップ】!」


 アップルはベリーの攻撃力を上げ、自分より攻撃力が高い白狼と大鷲の指示に専念する。


「白狼は炎属性で足を集中攻撃! 大鷲は敵の弱点部位を探しながら攻撃しなさい!」


 そう新たに指示をすると、白狼と大鷲はその細かい指示も聞いて行動する。


 職業クラス《召喚師》は複数の味方モンスターを召喚して自分は後衛から中・遠距離攻撃をしていくスタイルだが、味方モンスターの行動はプログラムによる自動行動で、全て思い通りに動かせるというわけではない。

 ならば何故アップルの指示が通るのか――それは、【司令官コマンダー】というスキルがそれを可能にしているのだ。

 通常のスキルよりも特殊な条件を満たすことで獲得出来るエクストラスキルで、その効果は召喚モンスターの自動行動を書き換え、思うがままに命令が可能になるというものだ。


「ワンちゃんも鳥くんもすごーい! よ〜し、私も行くぞー! 【剣ノ乱舞】!」


「だからワンちゃん言うなっ!」


 狼をワンちゃん呼ばわりしたベリーは、【剣ノ乱舞】による連続斬撃で青騎士のHPを削る。

 だがやはり、硬質化した鎧へ馬鹿正直に攻撃してもHPはなかなか減らない。

 それを理解したベリーは白狼、大鷲と連携を取り、青騎士からの攻撃を避けつつ鎧が装着されていない関節部分を狙って突く。


『――【刹那・影斬り】ッ!!』


 すると、数の暴力でゴリ押してHPを一気に削ったからなのか、なんと青騎士はスキルを使ってベリーたちに攻撃する。

 それは名の通りのスキルで、プレイヤー本人ではなく影を斬ってダメージを与え、後方へ吹き飛ばしてしまうものだ。

 ただ、と付くように、動きが目で追えないほど素早い。

 ベリーは【絶対回避】の効果で回避出来たが、アップルと召喚したモンスターたちは攻撃を避けることが出来ず、後方に吹き飛ぶ。


「うぐっ……! 油断してたわ……!」


「大丈夫!? 私相手しとくから回復してて! ――やぁぁあ!!!」


 ベリーは動けないアップルたちに青騎士が向かわないよう、攻撃をやめずに自分へ注意を向ける。


「瞬間発動! 【閻魔】ッ!」


 ベリーは【閻魔】を溜めずに発動させ、刃を突き出して炎を放つと青騎士に大ダメージを与えていく。


『ガガガ……グルァァァアア!!!』


 すると青騎士はまるで獣のように吠え、第三形態へ突入する。

 青い鎧は一部が変色し、赤い血色になる。

 そこはいかにも青い部分より脆そうだが、代わりに青騎士が持つ大剣が禍々しく変化した。


「こ、これは……ベリー! 多分あの剣に当たったら即死よ! 早く次へ進ませなきゃっ!」


「了解! はぁぁぁぁ!!!」


 アップルの言葉を聞いて、ベリーは赤く変色した脆そうな部分を攻撃すると、案の定さっきよりダメージ量が多い。


「【覇気】、【閻魔】!」


 ならばとベリーは納刀し、再び【覇気】を使って青騎士の動きを制限すると、今度は【閻魔】を拘束解除ギリギリまでチャージし始める。


『グッ……ガァァ!』


 青騎士は必死にベリーに攻撃しようとするが、【覇気】の効果で思うように動けない。

 振り回したいであろう大剣を持つ右手は震え、ただ睨むことしか出来ない。


 一瞬の静寂が訪れる。

 しかし、その一瞬は両者にとってはとても長く感じた。

 【覇気】の効果が切れる瞬間、ベリーは燃え盛る炎を、青騎士は煮え滾る怒りを解放する。


「――【閻魔】ッッ!!」


『――グルァァァア!!!』


 【閻魔】が発動され、灼熱の炎が青騎士を襲う。

 しかし、青騎士は大剣に身を隠してガードする。

 このままではやり過ごされてしまう、そう思ったベリーは、柄を握る手を一層強めた。


「うぐぅぅ……! いっけぇぇぇえッ!!!」


 ベリーはそう力と気合いを込めると、大剣ごと青騎士を斬った。

 大剣は折られ、地面に突き刺さる。

 青騎士の鎧も深々と斬られ、そして焼かれ、大きな傷が付いた。


「やった! これで……!」


「ベリー! 油断しないで!」


 そう、まだ終わりではない――青騎士のHPゲージは残り一本となり、第四形態へ進んでいた。

 大剣はぐにゃりと変形して太刀と化し、もう片方の手にも同じ太刀があった。

 鎧は砕け散って青騎士の中身が露出する――かと思えば、黒いもやの塊が現れる。

 靄は徐々に人型へ変わると、黒とは真逆の白い和装に身を包んだ新たなモンスターへと昇華した。


「これ、って……まさか、【ブレイドビーム】!」


 アップルがスキルで青騎士、もとい白武士へ攻撃するが、HPは全く変動しない。ノーダメージだ。


「……予想外ね。ベリー……これ、あなた専用のクエストよ」


「へっ? どういうこと?」


「えっと……つまり、もうここからはベリーしか挑戦出来ないし、ベリーしかクリア出来ない……ユニーククエスト。多分、ブラウリッターが侍風になったのもベリーのクラスが関係してるんだわ」


 アップルの言う通り、これはもうベリーにしかクリア出来ない特別クエストになっていた。

 《ザ・ブラウリッター》を倒した者が挑戦出来るクエスト。

その時の職業をモチーフにこの最終形態になり、その職業でなければダメージも与えれない、ということだろう。

 現に白武士はアップルを完全に無視して、ベリーだけを見ている。

 つい先程の狂った雰囲気はなくなって、落ち着きを取り戻した姿は、やはりどこか青騎士と似ている。


 ベリーがその姿を見てゴクリと唾を飲み込むと、あるメッセージが届いた。


『《ニーゼルレーゲン・フェッター》から決闘を申し込まれました』


「……私にしか、出来ない」


 西洋の騎士がモチーフであろう彼が、刀を持ち、相手と同じ土俵に立ったのだ。

 ベリーは覚悟を決め、そっとOKボタンを押すと《鬼神ノ太刀・烈火》を構える。


『ユニーククエスト〈霧雨の剣士〉を開始します』


 機械音声がそう言うと、カウントダウンが開始される。


「………………」


『………………』


 ベリーも、白武士も……いや、霧雨の剣士 《ニーゼルレーゲン・フェッター》も、互いを無言で見据え、己の刀に全てを集中させる。


 カウントダウンの音だけがそこに響き渡る。

 やがて数字がゼロになってスタートの合図がされた瞬間、両者は同時に動き出し、刃と刃を交わらせた。

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