第5話【ザ・ブラウリッター】
「はい、ネコちゃんお待たせ!」
ベリーは無事に黒猫へ宝石を届けると、それによりクエストが進行する。
「ニャー、まさかあの鬼を倒すとはニャー……」
黒猫はどうやらベリーは鬼に勝てないと思っていたらしい。
「その太刀も継承出来たか……コホン。まぁ、ありがとうニャー、お礼にこれを上げるニャー」
そう言って黒猫が渡したものは、新たなスキルだった。
「【開放ノ術】……な、なにこれ強い!」
スキルの説明欄を見て驚く。
【開放ノ術】はスキル使用後、一定時間全ステータスを上昇させることが出来るようだった。
武器と同時に、強力なスキルも手に入ったベリーは大幅に強化されただろう。
だが、イベントまでに出来るだけ強化しておくと良いとベルに言われていた。
それでも、ベリーの実力ならこのままでも良い成績を修められるだろう。
そして宝石を首にかけた黒猫はペコリとベリーに一礼して森の奥へ姿を消し、クエストが完了する。
「ふぅ~……楽しかったぁぁ!」
ベリーは身体を軽く伸ばし、探索を再開した。
ただ森の出口はわかっていないが。
* * *
その頃、“バウム”という《侍》のプレイヤーと、“ソラ”という《聖剣士》のプレイヤーが森でモンスターを狩っていた。
「ソラ! お願い!」
その言葉を聞いて、金色が混じった黒髪のプレイヤー、ソラはスキルを使用する。
「おう! 【フレイムチャージ】!」
すると、ソラの片手剣が炎の渦に包まれる。
そしてそれを、バウムが引き付けたモンスターの大群に解き放つ。
薙ぎ払われた剣からは扇状に炎が放たれ、モンスターを焼き払う。
「よし、かなり数が減ったな! 畳み掛けるぞバウム!」
「了解ッ!」
数が減ったモンスター達を、2人で慣れた手つきで次々と片付けていく。
「よっしゃラストぉ!」
ソラが最後のモンスターを倒し、戦闘が終了する。
「ふぅ……お疲れ、ソラ」
「おう、ちょっと多かったなぁ……さすがに疲れた」
2人はぐったりとその場に座り込み、少し休憩してからまた探索を開始した。
* * *
「おっ、あれダンジョンじゃね?」
「うん、そうみたいだね。……ん? あの子は……」
探索を再開し、ダンジョンを見つけた2人の前に、ピンク髪の少女……ベリーがそのダンジョンに入っていくのが見えた。
ベリーはあの後、運良くダンジョンを見つけたのだ。
「フレンドか?」
「いや、前にちょっと話をしただけで……」
「そうか、てかあいつ1人だったけど大丈夫か? この辺のモンスターのレベルはかなり高めだぞ?」
「そ、そうだね……ちょっと見ていこうか」
そうしてこの2人もベリーの後を追うようにダンジョンへ入っていった。
* * *
「うきゃぁぁああ!!!」
――ベリーの悲鳴がダンジョン内に響き渡る。
その理由はこの大量に発生した虫型モンスターだ。
蜂や蜘蛛……最悪な事にいろんな種類がいる。
うじゃうじゃと、ものすごく、たくさん。
「なんで追いかけてくるの! なんでぇ!!」
誰でも大量の虫、それも巨大で……さらに密集して追いかけてきたら逃げ出すだろう。
それでも喜ぶほどの虫好きが居るなら別だが……ベリーは想像するだけで身の毛がよだつ。
いや実際追いかけられているのだから想像よりも酷いことになっているかもしれない。
「えーと、えーっと! あ、あの通路なら!」
人が1人だけ入れそうな通路を見つけたベリーは走る速度を上げ、その通路に飛び込む。
大量の虫達はベリーの急な方向転換に対応出来ず、その通路を通り過ぎていく。
「はぁ~、良かったぁ~!」
そう言って安心していると、次はベリーが立っている地面がパッと無くなってしまう。
モンスタートラップの次は落とし穴トラップだったようだ。
「ひゃぁぁあ!?」
穴の下には肉食系のモンスターがこれまた大量にスタンバイしていた。
落下してくるベリーを今か今かと待ちわびている。
「な、なんでさぁぁあ! と、とりあえず【絶対回避】!」
落下した瞬間、モンスター達が攻撃をしてくるが、避けるのが苦手と言っていた割に意外と避けられてあまり使っていなかった【絶対回避】が発動する。
スキルによってアシストされた身体はモンスターの大群をスルりと抜け、横にあった隠し通路に入る。
「落とし穴の下に通路があるなんてラッキー!」
回避したことで偶然入ることが出来た隠し通路を走るベリーは、振り返ってみる。
どうやらモンスター達はここまでは追ってこないようだ。
「ハァ……ハァ……危なかったぁ」
大量のモンスター達から逃げ切ったベリーだったが、その先にはとてつもない存在感を放つ大きな扉があった。
暗い青色の重扉は疲れきっていたはずのベリーに緊張を与える。
「こ、これ、ボス部屋ってやつかな……なんかドキドキしてきた……!」
と、初めてのダンジョンボスに胸を踊らせるベリーだが、残念ながらここはボス部屋ではない。
それよりも、もっとヤバくてめんどくさいものだ。
そもそもがむしゃらに走り回って、逃げて逃げて、逃げた先がボス部屋でした、なんて偶然はそう起こらない。
その理由は、ダンジョンには謎解きなどのトラップがいくつも設置されているからだ。
一つ一つ、正解の道を攻略してようやく辿り着くもので、トラップを間違えればその道は遠ざかる。
これまでベリーが引っかかったトラップは全てハズレであり、当然ボスに辿り着くことは出来ない。
つまりここは本当のボス部屋ではなく、
だがそんなことを知るはずもないベリーは、その重々しい扉をゆっくり開ける。
「わぁ……! 綺麗……!」
そこは先程走り回っていた通路の暗い石畳とは違い、青い半透明の床や壁、天井はまるで夜空のようにキラキラと輝いていた。
ただ少し暗いと思った。
壁に松明がいくつもあるがどれも火は点いていない。
「うーん、ボス部屋じゃないのかな……?」
そう言いながらベリーは前へ歩いて進む。
すると、部屋の中央へ近付きベリーがある位置に着くと、ガチャリと音がしたと思えば、重い扉が急に軽くなったかのように閉まり、ベリーは完全に閉じ込められる。
「え、えぇっ!?」
驚くベリーだが、さらに火が点いていなかった松明が一斉に輝き出し、部屋が照らされる。
それにより青い半透明だった床や天井が先程までの静かな雰囲気から一変し、炎のように赤く染まる。
「な、なにが始まるの……」
すると、天井のキラキラと光が下に降りてくる。
それは幻想的ではあるが、光は全て部屋の中央に集まっていく。
これはゲーム経験が浅いベリーでも何が起こるか予想できた。
『ギ――ギギガッ――――』
光はやがて、青く輝く鎧になる。
青鎧は不気味な音を上げ、それはさらに光を吸収し、巨大な甲冑を形成していく。
その手には大剣が握られ、中身のない、甲冑だけの騎士は独りでに動き出す。
「つ、強そう……でも、負けないよ!」
ベリーは《鬼神ノ太刀・烈火》を構え、戦闘モードになる。
「さぁ、かかって……うわっ!?」
戦闘が開始された瞬間、青い騎士はベリーの言葉を聞かずに斬撃を飛ばしてくる。
「ちょ、速いよ……!?」
休む間もなく斬撃を飛ばしてくる青騎士だが、ベリーはいつも通り回避していく。
だがいつまで持つかわからない。
この青騎士のスピードは……速すぎる。
「何とかして近付かないと……! うっ、はぁ!」
避け続けるベリーは、そろそろ集中力が切れてしまうと思ったが……幸か不幸か、青い騎士は攻撃方法を変えてきた。
「やった、これなら……うぐッ!?」
高速斬撃が終わったかと思えば、青騎士はなんと既にベリーの後ろにいた。
あろうことか、さっきよりもスピードが上がっている。
「くっ……【絶対回避】ッ!!」
ギリギリで【絶対回避】を発動し、何とか攻撃を避けるが、休む間もなくさらに追撃が来る。
「は、速すぎだよー!!」
この青騎士……《ザ・ブラウリッター》という名のモンスターは、攻撃力がそこそこある上に、スピードが凄まじかった。
さらにレベルは40、今の高レベルプレイヤーでも30、普通なら勝てるわけが無かった。
――そう、普通ならば。
「でもこれなら……! 【鬼神化】ッ!」
そう叫び、スキルを発動させるとベリーを紅煉の炎が包む。
その炎は部屋の赤よりもさらに赤く、一気に部屋の温度を上昇させた。
数秒間経って炎が消えると、そこには炎に包まれる前とは違う姿に変化したベリーが立っていた。
髪は炎と同じような赤になり、額には2本の鬼の角が生え、装備からは炎を噴き出し、少し焼け焦げていた。
……鬼神・ベリーの誕生だ。
【鬼神化】はベリーが入手した太刀、《鬼神ノ太刀・烈火》に付属しているスキルで、発動すると鬼神の力を使うことが出来る。
ステータスを大幅に強化し、さらに様々な専用スキルも追加され、行使可能となる。
ただ発動時に最大HPを少し消費するので注意が必要だ。
「一瞬で、終わらせるッ!」
『グゥッ――――!』
ベリーがそう言うと、《ザ・ブラウリッター》の大剣が青く輝き、鬼神と化したベリーへ攻撃を仕掛ける。
だが案の定、華麗に避けられる。
「【覇気】!」
ベリーがそのスキルを発動すると《ザ・ブラウリッター》は後方に吹っ飛び、動かなくなる。
【覇気】は威力は弱いが範囲的にノックバックで敵を吹き飛ばす。
その後、数秒間敵を硬直させることができる使い勝手がいいスキルだ。
「……それじゃあ、バイバイ!」
《ザ・ブラウリッター》に接近すると、目にも止まらぬ速さで斬撃をぶつける。
これは【鬼神化】の特殊能力で、【鬼神化】により追加された攻撃系スキルを連続で使用出来るという強力な能力だ。
普通、攻撃系スキルは連続では発動出来ない。
強力な攻撃故に、発動後に反動で一瞬動けなくなってしまうのだ。
反動による行動制限の無視……ただ少しスキルの威力が下がるが、連続で使用するのであまり問題はない。
超連続で使用可能なのだが、もちろんその分のMPは持続的に消費し続けるので永遠に、というわけにもいかないが。
「せやァァッ!」
ベリーは最後のスキルアタックを撃ち込む。
すると《ザ・ブラウリッター》は膝から倒れ、光となって爆散し、消滅した。
《ザ・ブラウリッター》の消滅と同時に赤くなっていた部屋は落ち着きを取り戻し、再び青の静寂が訪れる。
「ハァ……ハァ……終わったぁ………うっ、頭が……」
高速でスキルを使用したことにより脳が活発に働き、頭痛が起こる。
スキルによる副作用か……そんなことを思いながらベリーは頭を押さえ、【鬼神化】を解除して奥に出現した魔法陣のようなテレポーターに乗り、街へ帰還した――。
* * *
その頃、ベリーとすれ違いになってしまったバウムとソラはベリーが入ったダンジョンの本当のボスと戦闘をしていた。
「ハァッ! っと、あいつ居ないな」
「そうだね大斗……あ、ソラ」
「なんだかあいつ……っと! 八坂に少し似てないか?」
「そう……だねっ! 八坂さんに似ててかわい……なんでもない」
「大丈夫だって、俺はお前のことよぉーく知ってるから、八坂が好きって事とかな」
「ち、ちがっ!」
そう、2人は正樹と大斗なのだ。
正樹がバウムで、大斗がソラだ。
そして、そんな会話をしながら楽々とダンジョンのボスモンスターを討伐出来るくらいには、このゲームをやりこんでいるベテランのプレイヤーである。
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