第2話【チュートリアルです!】

「……すっ……すっっっごーいっ!!」



 歓迎メッセージ表示から数秒……マップデータがロードされ、やがて視界の右下辺りに『ロードが完了しました。』というシステムメッセージが表示され、視界が完全解放される。


 ゆっくりと瞳を開いて瞬きをする。

 目が慣れてくると、苺は周囲を見渡す。

 石造りの家が並ぶ街の美しい風景の中で、様々な格好をした多くのプレイヤー達が賑わっていた。



「音が聞こえる、匂いもある! 感触がある! さすが最新のゲーム!」



 苺……いや、ベリーは初めてのゲーム、それも最新のVRMMORPGの世界に感動していた。

 そして自分の見た目をすぐ近くにあったお店の窓ガラスの反射で確認してみると、少しだけ長めのボブヘアーでやはり見た目は現実と大差は無かった。

 ちなみにその身長は若干、ほんの少しだけ、本当にちょっとだけ……縮んでいた。


 しばらくピョンピョンとジャンプしたりして動きを確かめたベリーは、まず鈴に言われたことをやる。

 ――とはいっても、言われたのは簡単なチュートリアルのようなものだ。


 鈴が出したチュートリアルは三つ。

 まず一つが場所を覚えることだ。

 毎回マップを出して確認するのも面倒なので、まずは街の武器屋や道具屋などの場所を覚えることから始める。



「ここが……ラーメン屋さん! そしてここが中華料理店!」



 だがベリーは何故か料理店ばかり覚えていく。

 VRゲームなので、食べても現実には影響がない。

 なのでいくら食べても太らないし、何よりゲームとは思えないほど美味しいのだ。

 現実でも再現して欲しいという声もあったりするほど。



「鈴が空腹感は満たされるけど現実ではお腹空いてるからしっかり食べるようにって言ってたなぁ……あ、このパン美味しいっ!」



 本来ならこの最初から持っている初期資金で少し装備を強化したり、ポーションなどを購入するのに使うのだが……ベリーは初期資金のほとんどを食べ物に使ってしまっていた。



「はぁ〜美味しかったぁ〜!」



 このゲームの通貨、ゴールドが残り120になってしまったベリーはお財布がすっからかんなことを気にすることなく、次の鈴のチュートリアルをクリアするべく、クエストのクリアを目指すことにした。


 そう、二つ目の課題は簡単なクエストのクリアだ。

 予め鈴が初心者でも出来そうなクエストを探して選んでいたので、ベリーはメモとマップを頼りにとある場所へ向かう。



「このお爺さんがそうなのかな?」



 辿り着いた《始まりの街・公園広場》のベンチに座っている杖をついた老人のNPCに話しかける。



「こ、こんにちは〜」



「おや、お嬢ちゃんこんにちは。……この老いぼれに何か用かね?」


「あ、え、えぇっと……」


 メモにはNPCに話しかければクエストが始まるとのことだが……一向にクエストが始まる気配がないことにベリーは戸惑う。

 それもそうだ、何故なら目的のクエストはこのお爺さんではなく、その隣のベンチの近くに立っている子供が鈴が探したクエストの対象なのだから。


 その勘違いに気付くはずもなく、ベリーがその場で固まっているとお爺さんの隣に置いてある物に気付いた。


「あっ。あの、これって」


「あぁ、お嬢ちゃんみたいな若い子にはわからないかねぇ? これは将棋と言うんだよ。そうだ、良ければやってみるかい?」


「は、はい! やりたいです!」



 鈴に言われたクエストでは無かったが、このお爺さんに話しかけると将棋のミニゲームが出来るようだった。

 他のプレイヤーは隣の子供のクエストをクリアしようとするため、このお爺さんのミニゲームに気付いたプレイヤーはベリーが初めてだった。



* * *



「王手!」


「ま、まさか……まさかこの将棋の鬼と呼ばれたわしが、こんなにもすぐに王手されるとは……」



 結果はベリーの圧勝。何故ならば、ベリーは幼い時から祖父と将棋などで遊んでいたのだから。

 そしてベリーの祖父はかなりの腕なのだ。



「ほっほっほ……わしの負けじゃな。どれ、お嬢ちゃんにはこれをやろう」



 そう言って老人はポケットから何かを取りだし、右手を差し出す。

 すると『《治癒の指輪》を受け取りますか?』とメッセージが表示される。

 これがクエストクリアの報酬だ。

 ベリーはもちろん承諾して、それを受け取った。



「楽しかったです! ありがとうございました!」


「こちらこそ、久しぶりに楽しかったわい。機会があればまた相手をしておくれ」


「はいっ!」



 将棋のお爺さんと別れたベリーは、最後のチュートリアルに挑戦する。

 それはこのゲームのメインコンテンツである“モンスターの討伐”なので、ベリーは早速始まりの街を出て、フィールドにやって来た。



「……あれ? あの子、初期武器の太刀しか持ってないけど大丈夫かな?」



 初心者がたった一人でフィールドに来ているのを見つけた若い男性プレイヤーが心配そうにその姿を見つめる。

 ベリーは余計なことにお金を使ってしまったため、初期防具に初期武器という初心者の中でも最高レベルの初心者装備だった。



「あ、いたいた!」



 猪のような見た目のモンスターを見つけて、ベリーは太刀を構える。



「……だ、大丈夫かな」



 この男性プレイヤーも侍職で、前作である《NewGameOnline4》からやっている、少しだけベテランのプレイヤーだった。

 ここ草原エリアでクエスト目標である薬草を採取している時に、現在はあまり見かけない同じ侍職のベリーを発見したのだ。



「うーん、あのモンスターは一直線の突進攻撃しかして来ないけど……何か不安だなぁ……そうだ、僕が武器の使い方を教えてあげればいいのかな……? いやでも女の子と話すのは……」



 と、男性プレイヤーがそんなことをブツブツ呟いていると――。



「よし! 終わり!」



 猪との戦闘はもうとっくに終わっていた。



「………え?」



 驚くのも無理はない。

 このプレイヤーだって初心者の頃は太刀の扱い方なんて全くわからなかったので、初めはあの猪に何回もボコボコにされていた。

 なので過去に自分が苦戦したそれを、少し目を離した瞬間に終わっていたので聞き間違いかと思ったが……。



「このイノシシくんは一直線に向かってくるだけだから結構簡単だね~」



 ベリーはそんなことを言いながら、もう1匹の猪型モンスターを斬り捨てて倒す。見間違いでも聞き間違いでもなかった。



「ちょ、ちょっと君!」



 男性プレイヤーはつい声をかけてしまった。

 ベリーはその声に気付いて振り向くと、すぐに目を輝かせて凄い速さで男性プレイヤーに寄ってくる。



「わぁ、その刀カッコいいですね! それに凄く強そう! どこで手に入るとか教えて貰えませんか!?」


「あ、うあ!?」



 急に近付かれて男性プレイヤーはオドオドと目を泳がせる。

 それもそのはず、このプレイヤーは女の子と話をしたことがほとんどないのだ。



「あ、えっと……さ、さささっきのこと、なんだ、け……ど……」


「さっき?」


「あ、よくそんなに刀を扱えるなーって……思い……まして……」



 男性プレイヤーのどんどん声が小さくなっていく。

 女の子と話したことがない上、特にベリーのような元気で明るい子には慣れていなかった。



「あぁ! 私、お爺ちゃんに鍛えられたからね!」


「へ、へぇ、剣道とか……やってるんだね?」


「え? 私もお爺ちゃんも何もやってないよ?」


「え?」


「んえ?」



 男性プレイヤーは固まってしまう。

 こんなにも上手く太刀を使えるのなら、剣道とか、そういう何かしらの剣術を習ったことがあるんだろうとは思っていたが……師であるお爺ちゃんから教わったのに、お爺ちゃんは剣道も何もしていないという予想外の返答に、どういうことなんだろうと男性プレイヤーは頭をフル回転させていた。



「私のお爺ちゃんは何でも知ってるんですよー!」


「そ、そうなんだ……凄い人なんだね」


「うん! 例えば……“花には愛を与えると美しく咲く”言ってた!」


「……え? う、うん?」



 まぁ確かにと思えるような言葉だが、予想外の返答に男性プレイヤーは変な声のトーンで返事をしてしまった。

 この女の子のお爺ちゃんは本当にどういう人何だろうと、そう男性プレイヤーは思いつつ、これ以上は頭がパンクすると予感した。



「そ、それじゃあ……頑張ってね」


「はい! ありがとうございます!」



 元気で明るい良い子だったなぁと、そんなことを思いながら男性プレイヤーは街へ向かって去っていった。



「よし! もう少しだけ狩ろうかな!」



 そしてその日、草原エリアにいる猪型モンスターのほとんどが狩られたという記事が街の掲示板に貼られていたことをベリーは知らない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る