その夜、彼は死んだ。実に安らかな眠りだったと、寺院の者たちは告げた。

 彼の遺体は生前の誓い通り、「喜びのとりで」に運ばれた。彼を慕った全ての者は、彼の死を心から嘆き、そして深く悲しんだ。

 彼の弟であるエクター・ド・マリスは、ついに彼の臨終に立ち会えなかった。彼は兄と合流できずに、ブリテン中を彷徨っていたのだ。

「ああ……! 我が兄、ランスロット……!」

 エクターが「喜びのとりで」に着いたとき、人々は彼に捧げる聖歌を奏でていた。事の顛末を知ったエクターは、弱々しく彼に近寄り、そして激しく慟哭した。

「貴方ともあろうお方が……、騎士の中の騎士と呼ばれた貴方が……! どうして、このような冷たい所で、横たわっているのですか……!」

 エクターの嘆きを止める者は、ここには誰もいなかった。彼は偉大な兄のことを、心の底から愛していたのだ。

「貴方は誰よりも、礼儀正しい騎士だった……! 誰よりも恋人に誠実で、誰よりも慎ましい騎士だった……!」

 エクターは兄の遺体を前に、全ての悲しみを吐き出した。人々は彼の言葉を聞いて、思わず熱い涙を流した。

「貴方は、誰よりも、美しい騎士だった……! そして、誰よりも、勇猛果敢な騎士だった……!」

 彼の嗚咽は胸を裂き、声をも枯らすほどだった。彼は髪を揺らしながら、何度も何度も泣き叫んだ。

「ああ、ボールス卿! 私は一体、どうすれば良いのだ……! 偉大な騎士は、この世を去った……! 最早、我々の下には、何も残されていない……!」

 エクターは涙を拭いながら、ボールスの傍に崩れ落ちた。ボールスは彼の肩を抱き、力強い声でこう言った。

「聞いてくれ、エクター卿。ランスロット卿は、我々に遺志を託した」

 ……ボールスの目には、涙はなかった。ただ、受け継がれた遺志だけが、そこにあった。

「再び騎士になれと、彼は言った。だから私は、神の御ために、私の全てを捧げる」

 聖戦に出ると、ボールスは言った。それが、偉大な騎士の遺した、最後の「願い」なのだと。

「彼の素晴らしい誇りと名誉は、我々が守らなければならない。それが、彼を愛する騎士としての、最後のおこないだ」

 ボールスはエクターにそう告げた。そして彼は、エクターと二人の騎士とともに、遥かなる聖地へと赴いた。そして神に全てを捧げ、聖金曜日に亡くなった。

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