第2話

 次の日、私は研究所に行った。運を上げたい旨を説明し、柚木に運を計測してもらう。

「現在の運は三十です。恐らく昨日の間に運が少し上がり、また運を使用したのですね」

「そうですか」

「約束の日までに運を貯められてみるといいかと思います。運が高ければ、それだけ良い結果になりますよ」

 先輩との約束は一週間後だ。私は柚木に言われた通りに同僚の仕事を手伝ったり、電車でお年寄りに席を譲ったりと少しでも良いことをするよう努めた。これをすることでどれだけ運が上がっているのだろうかと思ったが、これも先輩との食事のためだ。

 約束の日、私は前日に悩みに悩んで決めた水色のワンピースを着て、先輩と会う前に柚木に運を確認してもらった。

「現在は七十です。口座の方も八十五も貯まっていますし、短期間によく頑張りましたね」

「それじゃあ、二十ほど運を下ろしてもらっていいですか?」

「かしこまりました」

 これで私の運は九十もある。実際、この一週間の間に上司から仕事を褒められたり、インフルエンザで休んでいた同僚からお礼として有名なお菓子をもらったり、来月は二日も有給休暇が取れることになったりと良いことがあった。

 研究所をあとにして、先輩と待ち合わせの駅へ向かった。遅刻してはいなかったが、先輩はすでに来ていた。

「先輩、すみません。お待たせしました!」

「俺もちょうど来たところだよ」

 先輩は笑顔で迎えてくれた。

「今日のワンピース、かわいいね。似合ってるよ」

「えっ! ありがとうございます」

 服装を褒めてくれて、私は内心舞い上がった。これにしてよかった……。

 その後、私は先輩のエスコートでカジュアルなイタリアンレストランに行った。食事の間も少し緊張したが、先輩と会話が弾み、楽しい時間を過ごせた。さらに、会計も先輩が奢ってくれた。今日の食事は成功だ!

「阿坂が良ければ、さっき話した映画をさ、今度見に行かない?」

「はい、行きます! 私も見たいです」

 また誘ってくれた! 次は映画デートだ!

 今日はとても良い日だった。


 翌日、私は再び研究所に足を運んだ。

「現在の阿坂さんの運は四十五ですね」

「えっ? そんなに少ないんですか?」

 思った以上に私の運が下がっていた。

「昨日、測ってから今日ここに来るまでの間に、消費したんでしょう。良いことが続いたのではないですか?」

 確かに、昨日の食事を考えればその通りだ。私は頷いた。

「では、どうされますか? 運を貯めますか? それとも下ろしますか?」

「とりあえず、そのままで。そろそろ運が上がってるだろうと思ったときに、また貯めに来ます」

 次回の映画デートまで、しばらく空く。その間に運を貯めて、当日のデートは運が百の状態で臨もう。そうすれば、順調にこのまま……。

 私は良いことをするために、俄然やる気が出た。さっそく今日から、自分の仕事の合間に些細なことでも上司や同僚の手伝いをし、客からの問い合わせにも積極的に、親身に応じるよう努めた。全ては先輩とのデートのためだ。

「阿坂さん、お客様からクレームが来ちゃって……」

 品出し中に、困惑した様子で同僚が相談に来た。

「お客様はどこ?」

「レジにいます。おつりの受け渡しで揉めてるの」

 厄介な案件だ。

「つり銭詐欺かもしれないから、慎重にしないと」

 レジに向かうと後輩の子が対応していた。直接レジで会計を受けたのは彼女なのだろう。私は気が重かったが、これもデートのためだと思い直して彼女と変わった。


 二週間後に仕事の後、研究所を訪れた。

「運が上がりましたね。現在、九十七ですよ」

「よかった。最近、色々頑張ってたんです。それじゃあ、七十五の運を口座に貯めて下さい」

「かしこまりました。口座には合わせて百四十の運が貯まります」

 柚木さんが私の運を口座に移してくれた。これで映画デートのための運は貯まったけど、まだ一週間ある。その間も運を貯めて、デートの後にも使えるようにしておこう。

「ところで、あまり顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」

「はい。……平気です」

 実際、少し身体が怠く感じていた。これまで、同僚の代わりに一日通しで朝から閉店後まで働いたり、職場の先輩の飲みに付き合ったり、ボランティアに行ったりと忙しくしていた。それも池上先輩と連絡のやり取りが出来ていたからめげずに頑張ってこれた。

「あまり、無理はしないように気をつけて下さいね」

 私は頷いた。研究所を出て、家へ帰るとベッドに倒れ込む。

「ちょっと疲れたな」

 早めに休もうかと思ったとき、スマホが鳴った。確認すると、池上先輩からラインが来ていた。自然と頬が緩んでしまう。

 結局、先輩との連絡を続け、いつもと変わらない時間に就寝した。

「うわぁ、最悪だ……」

 翌日、体温計で熱を測ると三十八度を超えていた。私は職場に連絡し、休むことを伝えた。

「病院、行かなきゃな」

 重い身体を起こして支度をし、家を出ようとしたときにふと気付いた。

 もしかして、今の私の運が低いせいでこうなっているのだろうか? 昨日、運を口座に移したことで今の運は二十二くらいになっているはずだ。デートに影響が出たらさすがにまずい。今日一日は薬飲んで休んで、明日からはなんとかしないと……。

 そんなことを考えながら病院に向かっている途中、横断歩道に差し掛かった。青信号が点滅している。私は急いで渡ろうとした。


「ナンバー五十六の被験者が亡くなってしまいましたね」

 竜ヶ崎が阿坂さんの書類に目を通しながら言った。

「非常に残念です」

「柚木さんが担当した中でも熱心にモニターに参加してくれましたものね」

「えぇ。ただ、彼女は他人のことを考えて行動したわけではなく、最初から最後まで自分の運を上げるという利益のために動いていましたからね」

「そうなんですか?」

 私はデスクに置かれている白いマグカップを手に取り、コーヒーを一口飲んだ。

「この間、彼女の葬式に参列したときに話を小耳に挟みましてね。同じ職場の方らしき人がいまして、阿坂さんが仕事を全部一人でやろうとするから自分達の仕事がなかったとか、客のクレームはだいたい阿坂さんに回していたとか」

「なるほど。初めのうちは感謝されていたかもしれませんが、実際には人の仕事を取ってしまったり、都合よく仕事を押し付けられていたわけですね」

「自分の欲が出てしまったからですね。彼女を参考に、今後のモニターへの説明はそういったことも注意するようにお話しましょう」

「人のために動いたことが自分の運に繋がるわけですね」

 私は頷いた。

「それに我々の研究は、無理なく貯蓄がモットーですからね」



                          ー了ー

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運の貯め方 望月 栞 @harry731

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