いがらし歯科

ぷっすり

いがらし歯科

 私は歯医者の受付をしています。

 いがらし歯科というクリニックです。

 自分で言うのもなんですが、愛想がいいので評判は悪くありません。

 でも、「いがらししか」を「いがらしか」と言い間違ってしまいます。

 先生に最初に聞かれてしまった時は、

「僕は診療科じゃないよー」

 と明るく叱られました。

 いがらし歯科なので先生の名前はいがらしです。

 そんなことがあってから、意識しすぎたせいか言い間違いが重なって、重なる程に間違うようになってしまいました。

 私はこういう時には、必ず友だちに相談するようにしています。

 一人目は昔からの友だちの、よし子ちゃんでした。

 電話で話をしてみると、

「もっと気をつけなよー」

 という答えが返ってきました。


 そんなのとっくにやってるわい!


と内心は思いつつも、

「そうだよねー」

と言っておきました。


 想定内です。


 よし子ちゃんの言うことは大体、いつも正しいのです。

 でもそれは、大体あたりさわりないからなのです。


 次!


 二人目は学生時代にアルバイト先で知り合った、みち子ちゃんでした。

 みち子ちゃんからは、

「毎朝10回練習よ!」

という答えが返ってきました。


 これも想定内です。


 みち子ちゃんの言うことは大抵、いつも具体的だからです。

 でも、それはもちろんやっている!

 いいんです。

 誰かに話してみるのが大事。


 次!


 三人目は社会人になってから友だちになった、ちーちゃんでした。

 ちーちゃんは食いしん坊なので、話をする場所はいつもご飯屋さんです。

 このときは新しくできたエスニック料理屋さんに行きました。

 メニューを見るちーちゃんの目はいつもキラキラしています。

「シシカバブが食べたい~」

 と言うちーちゃんに、いつもならやっぱりお肉かーと思うところですが、悩みを抱えた私が思ったのはまったく別のことでした。

 間違わない言葉をつなげればいいのよ!

 そう閃いた私は心の中で言ってみました。


「いがらシシカバブ!」


 これはいける!

 先生ごめんなさい、でも確かに間違わないの。

 シシカバブを食べながら私の悩みと閃きをちーちゃんに話してみました。

 ちーちゃんは、うんうんと頷きながらもシシカバブに夢中です。

 すると新しい問題が浮かびました。

「バブはどうしよう?」

 私がこうきくと、ちーちゃんはウインクして、

「心の中だけでいうのよ。」

と言ったのでした。

 人に話してみると、やっぱりいい事があります。


 次の日は受付に座るとドキドキしました。

 電話が鳴ったらアノ方法を試さなければなりませんから。

 いつもの通り、電話が鳴りました。


「はい、いがらシシカバブです。」


 受話器の向こうから、「ぷっ」と軽く吹き出すのが聞こえました。


 アカン!


 間の悪いことに、受付の仕切りの裏でいがらし先生が休憩中でした。

 予約の電話を終えると、いがらし先生が目の前にいました。


「バブはないよねー」


「ないよねー」


「ないよねー」を重ねて言われました。


 不思議なことに、この時から私の言い間違いは治ったのですが、この日から私のあだ名は「バブちゃん」になりました。



※この作品はフィクションです。実在の「いがらし歯科」とは一切関係ありません。

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