第103話 グライムに教えられる 23

 英雄の指が華澄の首にくい込んでいく。

 手の感覚が麻痺してはっきりとしないので、英雄は手加減などする気は無かった。

 ぐっぐっぐ、と鈍い音を鳴らしながら辛うじて行われる華澄の呼吸。

 華澄は必死に身体をばたつかせるものの、英雄は微動だにしない。

 英雄の長い腕のせいで、振り上げた華澄の足も届かなかった。

 強い力でどんどんと締まっていく華澄の首、辛うじて行われる呼吸すら阻害されようとして、華澄の顔が赤くなっていく。

 終わりだ、と何処か冷めた感情で英雄は、華澄の抗う様を見ていた。

 そこへ――


「オイ、待てよ。テメェの、相手は、俺だろうが……」


 振り絞るように吐き出された声が壁際から聞こえ、英雄は視線を向けた後、ニヤリと口角を上げた。


「今まで倒れてたヤツが、何格好つけてやがる?」


 向けた視線の先、床に手をつき震えた身体を起こそうとする文哉の姿がそこにあった。


「格好も、つけるさ。護るべきモノがそこにあるんだ。テメェの相手は、俺だ。その手を、離しやがれ!」


「ふ、み、や、く、ん……」


 力の入りきらない身体でなんとか立ち上がる文哉。

 ニアンから受けた一撃が、脳を揺らし意識を飛ばされていた一撃が、身体への命令を鈍らせていた。

 だが、それを理由にぶっ倒れていて許される場面じゃない。

 自分を許せる場面じゃない。


「ハッ、誰に命令出来る立場だ、テメェはよ!? 止めたきゃ自力で止めろ、オレは情けじゃ止まらねぇぞ!!」


 英雄の煽りに、文哉はその重たい身体を駆けさせる。

 上手く動かない足を引き摺るような形になって、その姿は不格好であったが確実に前へと距離を詰めていく。


 さぁ来いよ、と英雄は文哉が近づいてくるのを待ち構えていた。

 しっかりとした決着をつけられることの喜びに、正直華澄を解放しても構わないと思っている。

 既に華澄に対しては、壊す対象では無く、単なる釣り餌だ。


 そうやって英雄の注意が逸れつつある事を、華澄は見逃さなかった。

 憧れの男が自分を助けに来る。

 本当は甘んじて攫われた姫様ごっこをしたいのだけど、助けられてばかりではいられない。

 そんな立場で、隣に立とうなんて胸を張れるわけがない。

 私だって強くなったんだ、その僅かな証明を、こちらの好意に無頓着な男に見せつけなければならない。

 強く握られ、ギッギッ、と嫌な音を立て始めた首に、力を込める。

 両手で英雄の腕を掴むと、それを支点として身体を前後に揺さぶった。


「何だ? まだ抵抗できるのかよ、ガキが――」


 逸れつつあった華澄への注意を、英雄が戻すには遅かった。

 時間しては一瞬だが、それは決定的な判断ミスだ。

 

「バッ――華澄、やめろ!」


 文哉がそれに気づいた時には、華澄は振り子のように揺らしていた身体を振り上げていた。

 華澄の足が、英雄の腕へと絡みつく。

 首を掴む手を見ればわかる、このボロボロに潰れた手が何人もの人間を壊してきたのだ。

 ならば、一矢報いるならば、この腕一本折ってくれる!!

 呼吸もままならぬ華澄が、ぐっと英雄を睨みつける。

 威勢のみのガキだと踏んでいた英雄は、その睨みに感心した。


「ハッ、覚悟は出来てるってか!? 上等だ! 首を折る前に、地面に叩きつけてやるよ!!」


 英雄は力強く一歩踏み込むと、しっかりと歯を食いしばり、華澄の身体が絡みつく腕を振り上げた。

 振り上がってく腕に反抗するように、華澄は頭を必死に後ろ――下へと下げる。

 力を込める首から英雄の手が剥がれていく。

 食い込んだ指が、皮膚を抉り血を流れさせ、滑り剥がれていく。


 飛び散る血、振り上がる腕、鈍く響く折れる音。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁっっっっ、クソがぁぁぁぁぁ!!」


 度重なる痛みに英雄の意識は簡単に飛びそうであった。

 それを怒声を上げることで何とか繋ぎ止める。

 痛いとしか感覚の無い振り上げた腕ごと、床に叩きつけるように振り下ろした。


 バァァン、っと激しい衝突音を鳴らし華澄の身体は倉庫の硬い床に叩きつけられる。

 跳ね返りを許さない押し込むような叩きつけに、華澄は全身に軋むような痛みを覚える。

 吐いた息と唾が、ガッ、という音と共に飛び散る。


「華澄っ!!」


「斧宮さんっ!!」


 文哉と伊知郎、二人が駆けつけようとするのを華澄自身が僅かに手を動かし制止した。


「あぁクソっ! 大した嬢ちゃんだ、何処までも覚悟決めてやがる。よぉ、自警団アマチュア、とっとと決着つけろとよ」


 歪な方向に折れ曲がった右腕。

 もう一つ残った壊れた蛇、左手で手招きする英雄。


「あぁまったく、すげぇヤツだよ、華澄はよ。そんなヤツの前で、負けっぱなしでいてられねぇって話だ」


 そういうと文哉は両手で自身の頬を強く叩いた。


 奮い立たせろ、ここは絶対に外せない正念場だ。

 再戦などもうありえない。

 ここで負けれるわけがない。

 勝つと決めてここに来て。

 勝てと押されてここに来て。

 勝てると信じられて今立っている。

 

「華澄にはよ、今まで何度も助けられて来たんだよ。その恩を俺はまだ返せちゃいない。借りたものは返せ――勝たせてもらうぜ、英雄さんよぉ!!」


 奮い立たせろ、ここは絶対に外せない正念場だ。

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