第102話 グライムに教えられる 22
七階で放たれた銃声は、勝達のいる三階にも聞こえていた。
「無粋な……」
響く銃声にニアンが呟く。
物覚えついた頃から格闘術を学ばされてきた身、裏の世界で生きてきたのもその身体一つで、銃などに頼るつもりは無かった。
青臭いと笑ってしまうが、この場にいる男達が殴り合うことで物事を決めようとしてることに密かに敬意を持っていた。
上の階にいるあの男はそんな敬意抱くことなどないのだろう、と改めてニアンは野上に失望していた。
「な、何やってんだよ、
耳に届く銃声に、勝は焦りを感じていた。
実際のところ上の階の状況がどうなってるかはわからない。
ただ人質がいる場で、銃を撃たれてる状況が上手くいっているとは到底思えない。
化け物みたいな身体能力を誇る遊川なら、撃たせたところで避けたりしてるかもしれなかったが、聞こえた銃声が一発だけだったのが、その攻防の可能性を否定する。
嫌な感じがして上の階へと逸る勝の目の前には、変わらずニアンが立ち塞がる。
気が逸れた勝に対して、ニアンは容赦の無い手刀を繰り出す。
何度と突き出されるのに未だにスピードの落ちないその手刀を、勝は避けきれず右肩の付け根を鋭く突かれる。
しまった、と勝がその痛みに身体を仰け反らした瞬間、二手目が下から突き上げてくる。
ニアンの掌底が、勝の顎を突き上げる。
避ける間などなく、かち上げられる勝の身体。
僅かな浮き、絶対なる無防備。
手刀と掌底、その手が重なり、花のように開く。
開花双打掌。
まるで気弾を飛ばすようなニアンのその両手は、勝の腹部をしっかりと捉え打ちつけ、勝の身体を吹っ飛ばした。
吹っ飛ばされ床の上を滑っていく勝を見て、終わったかと呟く英雄。
その視線の先で、荷物用エレベーターが三階に到達して来たことを知る。
下から千代田組の誰かが上がってきたか、と英雄はじっと睨んでいると、エレベーターの中から黄色いパーカーを着た少女と見覚えのある中年男性が降りてきた。
エレベーターから降りてきた黄色いパーカーの少女――華澄は、状況確認にと瞬時に辺りを見回すと倒れる無数のチンピラ達から離れた場所に、文哉の姿を見つけた。
「文哉くんっ!!」
「平田君!? 井上さんも、それに……君は!」
文哉に呼び掛ける華澄に続き、中年男性――伊知郎も倒れるチンピラ達の中から見知った姿を確認する。
壁際で倒れる文哉、金髪の男の前で倒れている井上、そして、エレベーターの横で倒れている勝。
その場に立っているのは、折れた右腕をだらつかせる白いスーツの男と、華澄と伊知郎を睨む金髪の男であった。
「邪魔をするってなら容赦無くぶっ壊すぞ。女子供、アイツの父親だろうと関係無くだ。オレはもう一線越えて来たんだからな、止められねぇよ」
静かに諭すように、そう警告する英雄。
吠えるような威嚇ではない分、より威圧として華澄と伊知郎にのしかかる。
しかし、香澄は憧れの存在を倒されて黙って怯え震えるような女では無い。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
そう吠えると同時に英雄に向かって駆け出す華澄。
対する英雄は、驚くと共に口角を上げる。
「威勢の良いガキは嫌いじゃないぜ」
真っ直ぐ突っ込む華澄に、英雄はその壊れかけの左手を動かした。
傷だらけの蛇はそれでも勢いを失うことなく、低い打点から華澄に食らいつこうとする。
怒りで身体を奮い立たせている華澄は、その一撃に対してお構い無しで突っ込む。
ハナから体格差があり過ぎるのだ、リーチ差を埋める為に無茶な突撃は必至だった。
どうせ食らうなら、その覚悟で華澄は逆に英雄の殴りに身体をぶつけにいく。
眼前に構えた両腕、その肘で拳を迎撃しようとする算段。
しかし蛇はにゅるりと軌道を変えて、華澄の構えた腕の外、脇腹へと放たれる。
寸での軌道変更に流石に威力は落ちるものの、突っ込む華澄の足を止めるには充分だった。
足を止めた華澄に襲いかかるもう一匹の、壊れかけた蛇。
僅かに崩れた姿勢、僅かに崩れた防御の隙間をにゅるりと蛇がすり抜ける。
英雄は感覚も不確かな右手で、華澄の首を掴みその身体を持ち上げた。
英雄の手を外そうとバタバタともがく華澄の動きに、腕全体を覆う痛みが軋む。
英雄はその痛みを表情を歪ますことなく堪えて、華澄を自身の顔の高さまで持ち上げた。
「つ、強い……」
首を強く掴まれ辛うじて吐いた息に混じえ、華澄は戦う者としての感想を吐露する。
掴まれた怒りや悔しさよりも先に、文哉を倒した男の強さを認識した。
冷静になれなかった自分の落ち度だ、掴まれたのは単なる間抜けな失態だ。
「そうだ、オレは強い。誰も止められねぇくれぇにな。だから、ちゃんと壊してやる。許せなんて言わねえ、何も言えなくなるまでしっかり壊してやっからな!」
感覚の無くなった手に、必死に力を込める英雄。
情けなどこの場に来たものには不要だ、立ち向かう者への冒涜だ。
全部壊し切ってやるのが、ここまでやってきた者達へのせめてもの礼儀だ。
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