第101話 グライムに教えられる 21
遊川と野上との距離は、遊川の踏み込みで五歩といったところだ。
遊川の算段では、一発目を例え掠めたとしても二発目を撃つまでに野上の手元を叩くことが出来る。
銃を叩き落とし流れるような次の手で、野上を一撃のもと仕留める。
そして、残りのチンピラに間を与えること無く近づき制圧する。
そのイメージが完全に出来たところで、野上は遊川の予想に反した動きを見せる。
ハッ、と鋭く息を吐いた後、野上はその銃口を八重へと向ける。
八重は悲鳴をこらえて身構えるが、その後ろに立つチンピラは瞬時に抗議の声を上げる。
「外の人間は、アンタの事を
「何してやがる、野上っ!」
「組にいてアンタの弱点はわかってる。若いヤツに期待し過ぎることと――」
チンピラの抗議、遊川の問い、それらを無視し野上は躊躇いなく銃の引き金を引いた。
バンッ!
七階の広大なフロア全体に反響する大きな破裂音。
「遊川さんっ!?」
目の前に立つ背中に、八重は思わず叫んでしまう。
「――組の為、
八重を狙った野上が放った弾丸は、八重の前に立ち塞がった遊川の腹部へと着弾した。
グレーのスーツを血が黒く滲ませていく。
ぐっ、と唸るような苦痛の声を漏らしながら、遊川は耐えきれず膝を着くように体勢を崩していく。
「はは、アンタ、知ったかぶってオレのこと計算出来る男だと期待してただろ? お嬢とその連れ、どちらにも利用価値を考えて殺しはしないと本気で思ってたろ? キレてイカれて人質を狙ったりしないとタカをくくってただろ?」
「期待、だぁ? はぁはぁ、違ぇよ。侮ってたんだよ、悪ぃな」
撃たれた腹部を手で押さえ、額から汗を垂らしながら、遊川は野上を睨みつける。
白く濁った左目で、じっと野上のことを見ていた。
ちゃんと相手を見れていなかったのは無くなった視力のせいか、それとも――
「自身の強さを把握してるってのは、立派なことだけどさぁ、
野上は銃口を床に跪く遊川に向ける。
やめてっ、と前に出ようとする八重を後ろに立つチンピラが後ろ手を掴んで制止する。
遊川が八重を庇わなければ、遊川に着弾した銃弾が貫通していたら、自分も巻き込まれていた。
そう怯えたチンピラは、もしもの時に八重を肉壁とする為にしっかりと離さずにいた。
「ほら、あのビビってるチンピラ達にしてもそうだ。アイツらを招き入れたのは、元々アンタの過信満載の策略だったよな? オレが利用させてもらったけどさ」
「はぁはぁ、利用? 盗んだ、の間違いだろ?」
「はは、確かに、違いねぇ。あんな策略、自分しか出来ないと踏んでたアンタの脇が甘かったからね。羽音町をまるで蟻地獄みたいに利用するなんて考え、英雄さんと大差無い暴走っぷりだぜ」
ヘラヘラと笑い出す野上。
睨みつける遊川。
野上が何を言ってるのかと、眉をひそめる八重。
「あー、お嬢は知らねぇだろ? アンタを護ってるこの
裏の世界で厄介な相手であると示せれたなら、手出し無用と番犬シールを貼れているようなものだ。
「その為にやってたのが、羽音町は守りが甘く、新規の商売をしやすい緩い街だってイメージ作りだ。街の守り役と看板出してる千代田組の評価が一旦舐められる形になっても、誘い込む罠として致し方無しみたいに思ってたんだろうよ。その為に組が禁止してるクスリの流通を厳しく取り締まる事も実質止めてたしな。お嬢、アンタの連れがクスリを買うことになったのも、この
甘い水に誘い込んだ害虫を、その桁外れの自身の武力で一網打尽にする。
それは確かに遊川にしか出来ない策略で、肉を切らせて骨を断つ長い間有効な防衛の一手であったが、傍から見ればイカれた策略であった。
遊川は羽音町の被害が軽度で済む程度の頃合で、その広げた風呂敷を畳むつもりであったが、それを横から掠め取り誘われた害虫達をチームとして自分の兵隊として仕立てあげたのが、野上であった。
「よぉ、
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