第93話 グライムに教えられる 13

 文哉が立ち上がったのを見るや、英雄はグッと前傾姿勢で身を低く構えながら、駆け出した。

 両腕を後ろに構える、まるでミサイルのような突進。


「安心しろ、オレはちゃんとぶっ壊してやるからなぁ!!」


 文哉の蹴りの間合いの二歩先、それが英雄のパンチの届く距離。

 飛びかかるように放たれる右の蛇は、うねるように軌道を読ませない。

 厄介なのは、その動きではなく、その動きに合わせてもう一つ放たれる左の蛇だ。

 踏み込みも身体の振りもまったく足りないであろう姿勢から放たれる二匹の蛇が、しっかりと速度と威力を合わせ持つのは英雄の腕の筋力が異様に柔軟な為である。

 蛇であり、鞭。

 ただ食らいつくだけではなく、相手の動きを捉える為に打ちつける動きを見せる。


 急速に迫る英雄の身体に隠された死角から放たれた二匹の蛇は、文哉の身体を叩いていく。

 顔への攻撃を牽制して文哉が防御と構えた両腕を避けながら、肩や腹部を押し叩いていく。

 堪えきれず苦痛の声を漏らす文哉。


「平田さんっ――」


 英雄の猛攻を止めようと動き出そうとする勝に反応して、ニアンも動く。


「やらすわけがあるまい」


 勝と英雄との間を阻むように数歩踏み込むニアン。


「――だろうなっ!」


 つい先程行ったシチュエーションだ、邪魔をしに動くことなど読めていた。

 勝の動きは予め迫り来るだろうニアンへ向けてのもの。

 英雄のことは最初から文哉に任せてある。

 勝は小さく半歩踏み込むと、腰を捻り下段の蹴りを振る。

 動きの早いニアンの足を止めにいく、ローキック。

 ニアンも既に掌底を突き出していたが、動き始めが早かったのは勝の方だった。


 勝のローキックが、ニアンのふくらはぎを叩く。

 強烈な蹴りが綺麗に入ったが、ニアンは顔色変えず突き出した掌底を勝の胸へと当てる。

 押される身体、しかし、威力は殺せたようだ。

 勝の身体は後ろに押し戻されたが、そのよろける身体に追撃は来なかった。

 やりようはある、そう感じ取った勝は背後に倒れそうになる身体を辛うじて踏ん張った。



 余計な邪魔は入らない、横目に見えるニアンの背中に英雄はそう理解して、文哉を攻める手を更に早める。

 昼過ぎにやり合ったばかりの相手、互いにここに来る道中でも喧嘩沙汰だったのは言わなくてもわかる。

 殴りつける身体は、とっくに満身創痍というやつを迎えている。

 壊しきるのはもう時間の問題と言える。

 英雄は冷静にきっちりと文哉のガードを避けながら、文哉の身体を次々に叩いていく。

 防戦一方となった文哉の両腕のガードは、次の攻撃にと動くものの、英雄の蛇の速度に追いつけずにいた。


「互いに万全の状態でもう一戦やりたがったが、もう壊れとけ、自警団アマチュアっ!」


 英雄の左手が文哉の脇腹を叩き、そして、止めと右手が下から振り上げられる。

 左右に揺さぶった蛇の連打、その〆は防御の隙間に差し込ませるアッパーカット。

 顎を突き上げて終いだ、そう振り上げた英雄の目に映るのは、防御態勢を解き放つ文哉の姿だった。

 

 アッパーを身体を反らして避けると、文哉は左足を振った。

 二歩遠い間合いから放たれる二匹の蛇とは違い、アッパーカットはその為にもう一歩踏み込む必要があった。

 蹴りの間合いまでもう一歩。

 しかしその蹴りの間合いというのは、文哉の最大の一撃である上段回し蹴りの話。

 中段蹴りならば、最早間合いの中に英雄は迫っていた。


 アッパーカットで開いた腹部に刺さる文哉のミドルキック。

 渾身の一撃、ではない。

 沢山殴られたのだから、沢山蹴ってやるのが妥当。

 振り切らなくてもいい。

 当てたら直ぐに引くという身体の捻りは、満身創痍の身体にはキツいものだが、文哉は歯を食いしばり耐えた。

 一、二、三、とリズミカルに繰り返されるミドルキック。

 一撃一撃の重さは大したことはないが、続けて訪れる衝撃に英雄の身体が僅かに曲がっていく。



 背中越しに英雄と文哉の攻守が逆転したことを察したニアンは、文哉を迎撃しようと振り向こうとするが――


「させるかよっ!」


 よろける身体を踏ん張って耐えた勝が、数歩の踏み込みの後、僅かなジャンプからパンチを放っていた。

 体重の乗っかったパンチを、ニアンは弧を描くように腕を動かし、いなす。

 流れるように反撃のパンチを繰り出すが、今度は勝がそれを叩き返した。

 勝も負けじと叩き返したそばから、反撃へと転じる。

 勝とニアン、互いに連打といなしの攻防を続けていく。

 右手を左手でいなし、左手を右手でいなし。

 打ち合わせた舞踊のように互いの攻撃を交わしあっていく。


「……やるな。が、その身体では息切れもすぐだな」


 ニアンの指摘通り、続く連打の攻防に勝は追いつけなくなっていく。

 身体はずっと悲鳴を上げ続けたままだ、この二日間呼吸が上手く出来なかったことが何度あっただろう。

 

 数発、ニアンの反撃が勝の防御を上回り、勝の身体を叩く。

 そして、叩かれ浮き上がる上半身。

 そこへ、ニアンの両手が叩き込まれる。

 双打掌。

 強い衝撃が、勝の身体を押し飛ばした。 

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