第92話 グライムに教えられる 12

 再び、倉庫内三階、自立制御ロボット導入フロア。

 勝、文哉、須藤の三人は待ち構えていたチンピラ集団を何とか倒し、一息つこうとしていた。

 連日の喧嘩続きに三人の身体は悲鳴を上げていて、肩を揺らしながら深く呼吸をすることになった。

 そこへフロアの奥から拍手が聞こえ、合わせて足音が近づいてきた。


「時間稼ぎご苦労、って労いの言葉はいらねぇか」


 ツーブロックで頭頂部の髪を金髪に染めてオールバックにした髪形に、タートルネックからスラックス、革靴に至るまで黒ずくめの長身の男。

 梅吉英雄。

 八重達を拐ったパトカーから大分と遅れて警察署を離れた英雄だったが、直接的なルートを辿り工事現場の別入口から入ってきたことで、先回りした形になっていた。


「時間稼ぎ……?」


 勝達の周りで倒れるチンピラの一人がまだ意識があったようで、床に伏しながら英雄に疑問を投げかける。


「流石の俺も一息入れたかったからなぁ。若頭カシラと一戦構えることになっちまったからな。いくら自警団アマチュア相手でも、油断大敵ってヤツだな」


 消毒液をぶっかけることで治療とした両手をグーパーと閉じて開いて、ちゃんと動くことを確認する英雄。

 そういうことを聞いてるんじゃない、と訴えかけようとしたチンピラの顔を踏みつけて口を閉ざさせる。


「あーあぁ、お前らも相当酷いアマちゃんだよな。こういうのは完膚なきまでに叩きのめしてやるのが優しさってもんだぞ。腕とか折ってやってよ、心までへし折ってやらねぇとコイツら勘違いしちまうぞ。、なんてな」


 勝、文哉、須藤の三人の顔を見ながら、英雄は意識がありそうなチンピラ達の顔を次々と踏んでいく。


「何してんだよ、アンタ!」


 須藤が英雄の凶行を止めようと動くも、それは英雄のお得意の蛇――右手のフックが制止した。

 正面に立つ英雄から放たれる、死角から迫るパンチ。

 須藤の頬を見事に叩き、仰け反らせる。


「使えねぇ弱いヤツらに勘違いさせるのは良くない。しっかりとこの場にいた事が間違いだったと理解させねぇとな。これから同業者になるか、競合相手になるか、わからねぇがその資格がない奴には無いと教えてやらねぇとキリのない手間ばかりが増えやがる」


 お前もな、と英雄は吐き捨てるように続けて、須藤へ蛇を這わせる。

 横から、斜め下から、斜め上から。

 流れるような死角からの連打。

 勝と文哉がそれを食い止めようと動くも、時すでに遅く、英雄の蛇は須藤に噛みつきその身体を殴り飛ばした。


 須藤へと放たれるパンチの軌道を横目に、文哉は四歩と駆けるように踏み込んだ。

 四歩目を強く踏み込むと、振り上げる右上段回し蹴り。

 勝もそれに合わせて、英雄との距離を詰めると挟むように左中段回し蹴りを振り始める。

 須藤を殴る為伸ばした英雄の腕は、引きの体勢となっていて、防御するには間に合わないと勝と文哉はクリーンヒットの確信を抱いていた。


 そこへ、足音も気配もなく迫る一つの影。

 いや、とっくに勝の間合いへと踏み込んでいた一つの影。

 勝と英雄の間に割って入り、勝の蹴りを右腕で受け止め勢いを殺すと、更に一歩踏み込む勝の鳩尾めがけ、肘打ち。


「ど、っから、現れ、やがっ、た……」


 突かれた胸、途切れる呼吸。

 外門頂肘。

 上手く言葉を発せれずに勝は、押し飛ばされた。


「目立つ男の影に隠れるなど、容易な事だ」


 一つの影――七三分けで白いスーツを着た男、ニアンが静かにそう答えた。


 突然のニアンの攻撃に、文哉も動揺してしまったが、蹴りの速度を緩めることはなかった。

 英雄の顔面を捉えた、文哉がそう思った瞬間、英雄は蹴りを避けるのではなく自ら頭を差し出すように横に振った。

 バンっ、と肌を打つ音がなり、英雄が口角を釣り上げる。

 クリーンヒットを避ける、瞬時にその判断をした英雄が為した防御策。

 一撃で仕留められない、というのはこの場合非常に大きな意味を持つ。

 大きな隙のある上段回し蹴りだ、それを受け止められた際に現れるのは無防備な身体。

 勝を押し飛ばしたニアンが身体を捻る。

 後方回し蹴りで文哉の腹を押し蹴る。


 押し飛ばされた文哉は、背中から床に倒れた。

 ひんやりとした硬い感触が背中にぶつかる。


「今度は二対二だ、ニィチャン達。派手に楽しもうや」


 垂れる鼻血を拭いながら、英雄は胸を押さえる勝と床に倒れる文哉を煽る。


「オイ、こんな小僧共は前哨戦だ。狙いはあくまで千代田組若頭。真面目にやってくれよ」


 ニアンは何かしらの拳法の型を構えるでもなく立っている。

 しかしその立ち振る舞いにつけ入る隙は見当たらないと、勝は睨みつけながら思っていた。


「だ、いじょう、ぶか、平田、さん?」


 胸の痛みは強く残っていて、勝はまだ呼吸が上手く整わない。


「くっ、厄介なヤツに厄介な応援が来やがったな」


 蹴られた腹を押さえながら、文哉は立ち上がる。

 英雄とニアンは、勝と文哉が体勢を整えるのを待ち構えていた。

 余裕ぶりやがって、と文哉は小さく愚痴を零した。

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