第91話 グライムに教えられる 11
「大丈夫かい、君達!?」
四人の合わせ技でティホンを倒したところ、残りの
逃がす気はない平家と邦子が睨みを効かせ、一種の緊張が張られていたところに建設現場の入口、千代田組の車と二台のタクシーが停められたそこから恐る恐る歩み寄る男の姿が一つ。
「あの、どちら様ですか?」
突然の来訪に邦子は緊張感の無い質問を投げかけてしまう。
警戒するには不用心すぎる立ち振る舞いをする中年男性だ。
平家と馬宮に目配せするものの、二人とも首を横に振り、知らないことをアピールする。
「あ、安堂さん。すみません、タクシー代お任せしちゃって」
2m超えの飛び蹴りをした後、着地の衝撃に足を痺れさせていた香澄が邦子ら三人に遅れて、中年男性――伊知郎が近寄って来たことに気づく。
「香澄、アンタの知り合いかい?」
「愛依センパイのお父さんです。安堂伊知郎さん。文哉くんの職場の後輩でもあるらしいんですって」
この場所まで来たタクシーの中で、互いに逸る気持ちを落ち着かせようと交わした自己紹介。
「安堂って、苗字が……あ、そういう事か」
平家が疑問を口にする途中で、何となく家庭の事情を察して口ごもった。
その態度で、邦子と馬宮も何となく事情を察する。
「安堂さん、無茶しないでくださいよ。ほら、まだチンピラはいるんですから、危ないですって」
「無茶してるのは君の方だよ、斧宮さん。ああほら、顔、擦りむけたところ、血が出てるよ」
伊知郎に指摘されて、香澄は自分の頬を撫でて指先につく血を確認する。
擦った熱さで痛みが麻痺して血が出てるとは思わなかった。
後で鏡を見るのが恐い。
痕になりませんように、と香澄は小声で呟き願った。
張り詰めていた緊張感が伊知郎の登場で途切れて、それを察したチンピラ数名が入口に向かって走り出した。
ティホンの攻撃にそれぞれダメージを負った香澄達四名は、チンピラの動きを警戒していたものの即座に反応出来ず遅れを取ってしまう。
入口のすぐ側には伊知郎が立っているが、チンピラ達は構うことなく素通りしてやり過ごそうと走る速度を緩めない。
数名の足音、だだだだだだと地を揺らす音。
その音に紛れて、もう一台車が訪れていたことが聞き逃されていた。
とっとと逃げよう、その一心で走るチンピラ達にはだかる青い軽自動車。
立ち止まるチンピラ達、車から降りてくるのは千代田組若頭。
チンピラ達がその人物が誰であるか理解した時にはもう、遊川は容赦なく仕留めに動いていた。
車の到着に立ち止まったチンピラ達との間合いは、数歩分はあったはずだった。
「残念だが、お縄にかかってやってくれ。若いヤツが無茶してるんだ、そんぐらいの手柄はくれてやらねぇとならねぇ」
遊川のその言葉は、しかしチンピラ達に届きはしなかった。
遊川本人がその機会を潰してしまっていたのだ。
目にも止まらぬ速さで、チンピラ数人の顔面を叩いていく。
的確に顎を叩き脳を揺らし、チンピラ達は気付かぬうちに気絶させられる。
「手柄になんて今さらなりませんよ。こんな
青い軽自動車の運転席から降りてくる、井上。
チンピラ達が意識を失っただけかどうかを一応確認しながら、遊川のあとを追う。
遊川は数歩、建設現場の中に入って来ると黙って状況を確認していた。
井上もそれに続いて状況を確認する。
倒れているチンピラ集団と、人並外れた大男。
そしてこちらの様子を窺う数名の人物、井上は平家には見覚えがあったが、香澄と邦子、馬宮については初対面であった。
その中にもう一人いる知った顔、伊知郎の存在に気づき井上は驚く。
「安堂さん、貴方もここへ!? すみません、娘さんのこと――」
こんな場所は危険だ、という注意と目の前で愛依を拐われた不甲斐なさが混じって、とにかく頭を下げようと前に出る井上。
だがそれより先に頭を下げたのは、遊川だった。
「もうよしてくださいよ、遊川さん」
困ったように眉をひそめる伊知郎。
会う度に頭を下げられるのは、何度も重ねられるとこちらが申し訳ない気持ちになる。
「いえ、安堂さんに赦された恩、まだ返しちゃいないのに、娘さんを巻き込んでしまった体たらく。謝っても謝りきれませんよ」
深く頭を下げる遊川。
その姿に驚いたのは、平家や馬宮、千代田組の二人だけではなく、井上も一緒になって驚いていた。
「娘さんのことは必ず、助けますので安堂さんは外でお待ち頂けますか?」
遊川の言葉に伊知郎は少し考えたあと、小さく首を横に振った。
「拐われていく娘を見ました。私はそれを助けることが出来ず、知り合いに助けを求めました。彼はすぐ様承諾してくれましたが……それは私が巻き込んでしまったことに他ならない。そんな私がここで安全にじっと待っているという訳にはいかない」
伊知郎の答えに、遊川は顔を上げて困った表情を見せた。
伊知郎が変に頑固な性格なのは、長年の関係性で理解していた。
どう説得しようと伊知郎が倉庫内に入る気なのは変わらないだろう。
「それじゃあ、俺は先を失礼します。平家、馬宮、こちらの安堂さんのこと、護衛を頼む。あとで組の他の
遊川はそう言って倉庫の方に歩いていった。
平家と馬宮が、へいっ、と返事し、井上は安堂に頭を下げてから遊川の後を追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます