第90話 グライムに教えられる 10

 ティホンを中心として周りに倒れるチンピラ達と香澄達。

 小柄な身体故にティホンの想定より吹っ飛んだ香澄は、追撃から逃れられたと言える。

 ティホンの次の標的が、一番近くに倒れる邦子のトドメに変わる。

 顎を蹴られ、頭を、脳を揺らされぼんやりとする意識の中、邦子はティホンがゆっくりと近づいてくるのがわかった。

 一歩一歩をしっかりと踏み込んでるのが、音と振動でわかる。

 しかしそれが獲物を狩る興奮だとか、敵が再び歯向かうのを待ち受ける余裕だとかではないことが、足音の滑りでわかった。

 酔いが、ティホンの顔をほんのりと赤くみせていた酒が、香澄の飛び蹴りの衝撃でよく回りだしてるようだ。

 かつ、先程みせた身体を捻り繰り返した攻撃が酔いを加速させた、とも判断できる。    

 しっかりと踏み込んでいるのは、身体が思ったよりふらつくからだろう。


 その事に気がついたのは、邦子だけではない。

 邦子に巻き込まれ倒れていた平家も、ティホンの酔い具合を感じ取っていて、邦子に小声で指示を送る。


「俺が先に突っ込むから、ネェチャンはタイミングを見て追撃に来てくれ」


 邦子の是非を聞く前に、平家はその身を起こした。

 気を失った倒れるチンピラ達を支えにして、ボロボロになった身体をどうにか持ち上げていく。

 ティホンの視線が邦子から平家へと移る。


 馬宮の真似になるのは癪だが、もう平家にはパンチを全力で振り切る体力は無かった。

 全身の痛みに気を保ってるのがやっと、という状態だ。

 やれるとしたら、玉砕覚悟の体当たりぐらいだ。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 平家の気合の咆哮。

 酔い回るティホンの視界には、走り込んでくる平家がぶれて見えていた。


「マタ、スモウカ……」


 左右に大きくぶれる平家の身体を捉える為に、ティホンはまたハリテと称した平手の突きを伸ばす。

 平家の身体を捉えきれていない探りの入ったハリテを、平家は難なく掻い潜っていく。

 肩からぶつかる体当たりが、ティホンの腰部へと刺さる。

 どんっ、と巨体と巨体がぶつかる音。

 酔いにふらついている、その認識を裏切ってくるがっしりとしたティホンの踏ん張り。

 平家は押し倒すことも押し退けることも出来ず、馬宮同様しがみつき組む形になった。

 こうなってしまっては、ティホンの次の行動は予想しやすい。

 先程馬宮を潰そうとしたハンマーブロウの再来。

 平家の背中へと落とされる巨石のような衝撃。

 ぐはっ、と平家は苦痛の声と唾液を吐いた。


「耐えろよ、平家!!」


 そう馬宮の声が聞こえた時には、平家の身体にもティホンの身体にも伝わる大きな衝撃があった。

 再び、巨体と巨体がぶつかる音が響く。

 肉を打ち骨を軋ませる音。

 平家に続く馬宮の体当たり。

 平家と馬宮、横に並んでティホンという大木にしがみついた。

 ズッ、とティホンの足が地面を僅かに擦っていく。


「二対一ならどうだ、大男!!」


 真っ正面からぶつかる平家と馬宮、踏ん張る地面がズズッと音を立てる。

 押し切られぬよう耐えるティホン、組んだ両手に存分な力が込められず、ハンマーブロウを諦める。

 打ちつけても耐える相手なら、一度やった様に一人ずつ持ち上げ剥がしていこうと、ティホンが少し前屈みになったところに――


 バァァンッッ。


 いつの間にか起き上がり駆け込んできていた邦子のラリアットが、ティホンの顔面を捉えた。

 蹴られるより殴られるより強い衝撃が、ティホンの上半身を仰け反らせる。

 ティホンが鼻が潰れたような痛みと、脳を揺らす振動を感じている間に、邦子は流れるように側面を回り込みティホンを背後から掴んだ。

 つい先程最大の打撃を与えた太い腕がしっかりとティホンの腹部を抱き抱える。


「背中、借ります!」


 起き上がり状況を察した香澄は、すぐ様追撃へと走り出す。

 応と答える平家と馬宮。

 来いと吠える邦子。

 助走は五歩、一歩ごとに大きく跳ねていく。

 香澄は地面を蹴り、平家の背中、馬宮の背中を踏み台に高く飛び上がっていく。

 ラリアットの衝撃に天を仰いだままのティホンの顔面、214Cmという高い壁を蹴り上げる香澄。


「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」


 吠えたのは、香澄か邦子か。

 蹴られたティホンの身体が大きくのけぞり、背後から掴んでいた邦子も合わせて身体を後ろへ反らす。

 しがみついていた平家と馬宮が離れ、いけぇぇぇ、と声を上げる。

 大木を地面から引っこ抜く、邦子が抱いたのはそんなイメージだった。


 ジャーマン・スープレックス。


 地面を激しく揺らし、舞う砂埃。

 綺麗なアーチを描く邦子のブリッジ。

 完璧なまでに決まったその投げは、ティホンの意識を奪いフォールを必要としなかった。

 口から泡を吹き白目を剥いたティホンの身体が、力なく地面に落ちた。

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