第69話 聞いてガラージュ見てガラージュ 1

 村山愛依は欠伸をしながら窓の外を眺めていた。

 すっかり夕日が街並みをオレンジへと染める時間帯だ。

 数時間、村山愛依は代わる代わる現れる、〇〇担当の〇〇です、と名乗る警察官達に大体九割ぐらい同じ口調同じテンションで今までの説明をさせられた。

 名刺を渡されるわけでもないので名前など覚えることもままならないまま、取調室で行われた独演会からやっとのことで解放された。

 一息ついて項垂れるように座っているのは、警察署所内の入り口すぐ、受付待合室。

 こんな病院みたいな場所あるんだなぁ、と間の抜けた感想を愛依は抱いていた。

 ドラマなどで観ることがあり、興味はあれどお世話になりたいとは思えない場所だ。

 興味本意でクスリを買ってしまったばつの悪さがあるので、なおさら落ち着かない場所であった。


 それでも、解放されてはいさようなら、と行かないのは同行した森川八重がまだ取り調べ中だからだ。

 愛依が話した警察官の反応からすると、単なるチンピラの暴行事件被害者というわけにはいかないようだ。

 千代田組に見知らぬ人ストレンジャー、商店街自警団。

 直接的には口に出さないが警察官が探りを入れてる単語というのはわかりやすい。


 騒動は街全体に広がっている。

 それがハッキリとわかるのは受付の混み具合からだ。

 電話での通報では収まらず、署に直接言いに来てる人達でごった返している。

 結構な被害が出ているのだろうか?

 愛依が千代田組の二人から聞いた話、見知らぬ人ストレンジャーという寄せ集めの危うさ。

 それが火蓋を切ってからの一日でこれほどの混乱を呼んだのだろうか。


 愛依は欠伸をしながら窓の外を見ていた。

 どことなく現実感の無い騒動、目の前で起きた乱闘、受け止めるには頭が麻痺しそうだ。


 親友は、八重はきっとこの騒動をしっかりと受け止めているのだろう。

 しっかりと受け止めて、騒動に対応しようとしてる警察に反抗してるところだろう。

 何人目の〇〇担当さんが、苦笑い気味にぼろっと溢していた。

 君ならどうにか彼女を警察が匿うよう説得できるんじゃないか?

 愛依は笑って、無理ですね、と答えた。


 八重は巻き込まれたのであろうが首を突っ込んだのであろうが、意地でも決着まで見届ける人間だ。

 一度関わった以上、自分の関与しないところで話が終わることを良しとしない。

 警察としては保護という形で警察署内で匿えば、ヤクザとチンピラの騒動をこれ以上広げずに事の解決に推し進めれると考えるだろう。

 親友としては、愛依だって八重に渦中にいてほしいというわけはないのだが、八重の自由にさせてやってほしいとも思う。

 そうやって八重は自分の事を助けてくれたのだから。

 何処かヒーローめいた希望を抱いてしまっていた。

 


 壁にかかる大きなデジタル時計を見ると、十八時を過ぎていた。

 ここに連れてこられて何時間経っただろうか?

 愛依が何度目かの欠伸をしていると、ようやっと八重が姿を現した。

 長い戦いを終えた疲労感を顔に滲ませている。


「それでは、家の方まで送らせて頂く、という形でよろしいですか?」


 後ろを歩く制服警官に確認を取られ、八重はこめかみに手をやって溜め息を吐く。


「そちらの事もわからなくはないですが、いい加減しつこくないですか? 送って頂けるのは助かりますが、そうやって確認を取らなくてもすんなり帰らせてもらえませんか?」


「わかって頂けるというのなら今の街の状況で無茶言わないでくださいよ。貴女はある意味、賞金首なんですから」


 賞金首という言葉に受付に殺到していた街の住人の目が向く。

 八重は咳払いして、向けられる目に真っ正面に向き合った。

 住人達は目が合うとすぐ反らしていった。


「変な言い方しないでください、注目を引いたじゃないですか」


 八重の抗議に、制服警官はすみませんと小さく頭を下げると、どうぞと先を歩くよう促した。

 八重は出口に急かされるその素振りも気に入らなかったが、抗議しても意味はないのだろうと諦めた。

 視線を動かし愛依の姿を見つけると、ついてきてと手振りで伝える。

 ようやく帰れると愛依は立ちあがり、八重のもとへ小走りで近寄った。


「ほら、イライラしないの。無茶言ってるの、八重の方でしょ?」


「わかってんだけどさぁ。千代田組ウチの問題って言うならさ、私は千代田組ウチに帰るって言っただけなの。街も警察も誰も彼ももうこれ以上巻き込みたくないの、全部千代田組ウチの話として終わらせたい」


 桐山邦子の激闘は凄惨だった。

 彼女は八重を護るために巻き込まれただけだ。

 あんなことが何度も起こるようなことがあってはならない。


 制服警官に促されて正面出入口から外に出ると、近くに停められたパトカーに乗るよう指示される。

 子供の頃は憧れの対象だっただろうが、歳を重ねるにつれて清廉潔白だろうと乗るのが憚られる。

 今はタクシーがわりに使おうとしてるのだから余計に気が重かった。


「やっぱり、大袈裟じゃない? 誰か迎えに来てもらった方が──」


 自宅──千代田組組長の家にパトカーで送られるというのは何とも目立つ行為だと改めて思った八重は、取り調べ中何度も断られた提案を再びしようとした。

 しかしそれは、同乗することになる愛依が車の中から引っ張られて遮られた。

 パトカーの中に警察官ではない男が一人、引っ張りこんだ愛依の口を押さえ首筋にナイフの先端を当てる。


「パトカーで、行きますよ。お家ではないところですが」


 制服警官は首を僅かに傾け、乗れと静かに指示する。


「警察署前で、正気なの?」


 八重は助けを呼べるのだと牽制するが、制服警官は視線を静かに動かし答えた。

 視線の先、愛依の首筋に赤い液体が一つ線を作っていた。

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