第68話 良薬は口にフュージョン 11
真盛橋羽音町は、複数の町村が吸収合併したことで出来た歪な街になっている。
地図で見るとして時計で言えば11の辺りが、アパートなど住宅が密集してる一丁目。
時計回りに隣にあるのが、小中高大と徒歩圏内に学校が建ち並ぶ二丁目。
加茂川を挟むようにして隣に、羽音町商店街を中心に商業スペースとして若者が集まる三丁目。
帰路につく会社員の往来が多い為、水商売など飲み屋街となった四丁目。
羽音町の中央で北西から流れる真盛川と交わりぶつかり、くの字で北東から南東へと流れていく加茂川を挟み、物流倉庫などが建ち並ぶ五丁目へと続く。
六丁目は、交通の便が長けた地域でカプセルホテルなどの宿泊施設なども多くあり、駅の裏側にはマンションや、貸ビル、ラブホテルなど乱雑に建物が並んでいた。
北西から南西へと流れる真盛川を挟み、一つ飛ばして八丁目、警察署などの公共施設が密集している場所。
そして、七丁目。
背の低い山があるこの地域は、山の上に古くから寺があり、広い墓地がある。
「──ああ、わかった。オレも七丁目にいるから、顔を出しにいく」
梅吉英雄は電話相手にそう答えると、小山から見える八丁目の景色に目をやった。
公共施設が並ぶせいか、景色としては地味な配色に思える。
「墓参り? いや、そんな大層なことはしてねぇよ。手も合わせてねぇ。ただ、近くに寄ったんでな、顔を見せに来ただけだ」
安堂瑛太の墓の前。
綺麗に磨かれたその墓には、命日でも無いのに花が添えられている。
安堂家の誰かが訪れたのだろう。
「こっちの事情なんて、テメェには関係ないだろ? 利用したいのか知らねぇが、あんまり踏み込んでくんじゃねぇよ」
怒りを滲ませない静かな釘差し。
電話相手が少しでも引っ張る糸の強度を高めたいとしてるのが、英雄の癪に触った。
御輿に乗せられているだとか、操り人形だとか、重々承知の上、それに甘んじて乗っかっている状況だ。
英雄個人では
暴れて全てを壊したいという憤りをずっと抱えたまま、その力不足を実感し続ける数年間だった。
それゆえ、自分自身が利用されること事態は受け入れるつもりであった。
が、そこにもある程度の線引きは必要である。
御輿に乗るだけ乗って、目的を達成できなければ単なる間抜けだ。
「──ハッ、釘の差し合いなんてしてる場合かよ。わかってんだろ、今は互いのやることだけやって欲を出しすぎないようにしようって話だ。今じゃ舐められてるが、何だかんだ千代田組ってな侮れない存在だ。若頭の遊川もそうだが、あの
娘を拐われたから泣き寝入りするようなタマではない、英雄は最初からこの作戦に懐疑的であった。
「それに話に聞いてた自警団のヤツも結構なもんだった。商店街のヤツらが警察もヤクザも舐めてる理由がわかったよ。良い
英雄は鼻を擦る。
鼻血は止まり痛みは引いたが、顔全体に腫れがあるようで手で触れただけでその違和感が酷い。
鏡で確認したい気持ちもあるが、情けない顔を見たくないという意地もあった。
正直なところ自警団など道端の石ころ程度に思っていたので、本気になったヤクザが手を下せば話にもならない相手だと踏んでいた。
まともな喧嘩にもならない相手、そう構えていた。
それがしてやられたのだ、立つ瀬がないのが本音だ。
警察の割り込みがあったので、勝った形にはなったがあのまま続けば痛み分けもいいところだ。
「・・・・・・テメェが任せたあの若いのもこっぴどくヤられたんだろ? 数突っ込んで返されちまうなんて、早速看板に傷ついちまったな」
英雄は他人事のように嘲笑う。
自分が乗っかった御輿とはいえ、そう上手くはいかないだろうと予想していたので、想定内の流れに笑えてしまった。
この真盛橋羽音町の勢力図は、街の作り同様、歪で複雑なのだ。
簡単には行くわけがない。
「・・・・・・ハッ、そう怒るなよ。何も失敗してほしかったわけじゃねぇ。さっきも言ったが、だからこそ尻拭いでオレも八丁目──警察署に出向くっていってんだぜ? 千代田のお嬢ちゃん、拐うってのをさっさと済まさねぇとな。いい加減、話が進まねぇ」
懐疑的であろうとも動き始めたものを今更止めるわけにもいかない。
個人で出来なかったことを多くを集め巻き込んで行うのだ。
引き返す足は独りの時よりも、重い。
進まねばこめかみに銃口を突きつけて来るのは、仲間とした相手だろう。
「ああ、何度も言うな、わかってる。そっちも上手くやってくれよ、得意な搦め手をよ。警察官の協力が必要だ」
そう言って英雄は通話を切った。
もう一度、瑛太の墓に視線をやって、じゃあまたな、と小さく別れを告げた
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