第70話 聞いてガラージュ見てガラージュ 2

 時を五分程度遡り──。


 警察署の前、二車線の道路を挟み黒いセダンが停まっていた。

 運転席に平家、助手席に勝、後部座席に遊川が乗っている。

 八重が取り調べから解放されるのを待ち構えていた。

 そこへ、車の窓をノックする音。

 遊川が見やるとそこには若い男が立っていて、車の中の三人の反応を見る前に警察手帳を取り出し見せてくる。

 スモークのかかった窓から僅かに見える、井上梅吉という名前。

 遊川は座る逆側の窓、ノックされた窓をスライドさせる。


「千代田組の若頭さんが、警察の張り込み捜査ですか? こんなところに停めて交通の邪魔ですよ」


「知ってて聞くのは警察の嫌な教育方針か? 千代田組ウチのお嬢を迎えに来たんだよ」


 営業スマイルならぬ巡回スマイルとでも云うのか、井上は表情を作って、そうなんですかぁ、と相槌を打つ。

 嫌なタイプだと遊川は舌打ちしそうになった。


「話は逸れますが、助手席に座ってる若い方は組員ですか? どうも傷だらけですが?」


「違う──」


「ちげぇーよ」


 遊川の返答に勝が声を被せてきたので、遊川は咳払いして黙らせた。


「コイツは道中見つけて拾ったんだ。仰る通り怪我だらけなんでな、お嬢の送迎ついでに病院に運んでやろうと思ってな。よく説かれるだろ、道徳心ってヤツだよ」


「道徳心、ですか。それではそちらの運転席の方も後頭部、首の辺りを怪我してるようですが、どうしたんですか?」


 井上の指摘に、平家は首の辺りを擦るフリをする。


「いやぁ気にしてもらって済まねぇな刑事さん。俺は狭い部屋で寝相が悪くてな、いつもどこかぶつけるんだが、朝から痛くてさ。これからこちらの彼を連れてくついでに、病院に行かせてもらうところなんだよ」


 いやぁまいった、とミラー越しに見える井上の顔を見ながら平家はおどける。


「刑事さん、アンタ、極道と絡んでるのを見るなり何でもかんでも結びつけちまったら今の時代、何とかハラスメントとか言われて訴えられちまうぜ。ほら、今は何でもハラスメント扱いだろ、気をつけねぇと」


 勝と平家の様子を窺い続ける井上に、遊川は一言牽制しておいた。

 勝は変なプライドがあって千代田組扱いされることを嫌う。

 こんなところで刑事に牙を剥き出しにされても、面倒なだけだ。


「若頭さん、状況はわかってるんでしょう? おたくのお嬢さん、警察ウチで匿らせてもらえませんかね? 面倒ごとはなるべく狭い範囲で済ませたい」


「誰に似たんだか、話をすんなり聞くタマじゃねぇんだよ。千代田組ウチのお嬢は」


 警察の言い分を聞いてはやりたいが、そんな簡単に話が進むならここまで出ばって来なくて良かった。

 そう愚痴たところで目の前の刑事には伝わらないだろうと、遊川は嘆息した。


「遊川さん、森川だ」


 勝が八重の姿を捉える。

 隣に見知らぬ女子高生がいるが、どうも八重の知り合いらしい。

 後ろから制服警官がついてきていた。


「刑事さん、悪いが話はここまでだ。俺達は用事をとっとと済ませたい。なに、車を停めてることが気に食わないってなら直ぐに移動するさ」


「ええ、しかし、どうも警察官が送り届けるってことで話が着いたみたいですね」


 井上にそう言われ遊川が見ると、八重たちは入り口付近の駐車スペースに停めてあるパトカーに向かって歩いていく。


「警察の方々にお手数おかけするのは申し訳ないねぇ」


「いえいえ、市民の安全をお守りするのは警察の仕事ですから」


 とりあえず解放されるための妥協案か。

 遊川はそう解釈するも、しかし警察のご協力はすんなりと受け入れがたかった。

 さて、どうしたものか?


「遊川さん、何か様子変じゃないか? オイ、刑事のアンタも来てくれ!」


 そう言うと勝は助手席のドアを開け飛び出した。

 一瞬反応が遅れて井上が八重達の方を見ると、後部座席側に立っていた愛依が不自然な乗り込み方をした。

 まるで中から引きずり込まれたように。


 遊川も、平家!、と一言言った後ドアを開け、車道へと飛び出した。

 ドアが閉まったセダンが急発進する。

 先に飛び出した勝が、道路を猛ダッシュで横切る。

 数時間安静にしてたとはいえ、乱れる呼吸で身体は軋み、肺が痛い。

 八丁目、大通り。

 交通量のそこそこある時間帯に、無理矢理道路を横切る者達へ抗議のクラクションが鳴る。


 勝に続く、井上と遊川。

 その三人を警察署入り口前で立ちはだかる影が一つ。


「テメェ、よくも顔出せたな、梅吉うめよし


「遊川さんに、梅吉うめきち。それにロシアの大男とやりあったニイチャンか。派手な役回りだ」


 梅吉英雄は首を傾けると、ゴキゴキっと音を鳴らした。


「警察署前でやるつもりか、梅! 警察俺達を舐めすぎだっ」


 井上は背広の下、腰に装着していた警棒を取り出した。

 ボタン一つで1メートル程に伸び、軽く細い見た目に反して金属バットに打ち勝てる代物。


「アンタら知り合いなら、そっちで勝手にやっててくれ」


 井上が警棒を構えるのを見た勝は、目の前の道を遮る英雄の横を通り過ぎようと動いた。

 遊川との目配せ、勝の動きに合わせて遊川が先手の牽制。


「ハッ、この登場で易々行かせたら雑魚だろうが!」


 遊川お得意の高速ジャブを英雄は左手で弾き、異様なリーチを誇る右腕は横切ろうとする勝の横腹を捉えた。


「邪魔させてもらうぜぇ!!」


 口元を歪ませる英雄。

 昂る闘争心、両腕を蛇のようにしならせて三人を迎撃するために動き出した。

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