第59話 良薬は口にフュージョン 2
「やっべ、女王、やっっべ!!」
剣崎の顔が喜びに震える。
羽姫で闘う姿は何度と生で観てきたが、ルール無用のストリートファイトでも女王桐山邦子は女王と呼ばれる由縁の力を見せつける。
黄色に緑とあっという間に倒された。
桐山邦子の強さは、その鍛えられた肉体から来る怪力とその逞しい肉体からは想像しがたい俊敏さだ。
剣崎が伝説の試合だと謳っている邦子VS華澄も、華澄の機敏な動きに遅れなど取ることなく闘えていた。
鍛えられた筋肉は強靭なバネになり、瞬時の判断力に長けた邦子の身体を俊敏に動かす。
今もロープをまともに跨げずリングに上がるのがもたついた藍色のチンピラが金属バットを投げつけたが、邦子はそれを難なく避けた。
藍色のチンピラは苛立ち、リングの端から飛びかかるが、邦子にいなすように投げられた。
「あっという間に四人撃沈か、やっぱスゲェなぁ、女王は」
「だから、女王って呼ぶのは止めてくれって言ってるだろ」
邦子の抗議に剣崎は肩をすくめる。
聞く耳もたないと互いの主張がぶつかる。
「女王、これは敬意を持って呼んでるんだぜ。アンタの試合を観てオレはめちゃくちゃ熱くなったんだ。そこのリスペクトはわかってくれよ」
剣崎の懇願など知ったことかと邦子はリングを回り込む、待ち構えるのは白のパーカー、黒のパーカー。
あっという間に四人が倒されて及び腰になっている二人のチンピラめがけて走る邦子。
白の方がやけくそ気味に金属バットを振り上げた。
腰も入らず片手で持った振り下ろし。
相手の技を受け止めるのはプロレスにおいての礼儀であるが、邦子の目の前にいるのはそんな礼儀を尽くしてやるような相手ではない。
邦子は前傾姿勢に突進し金属バットが振り下ろされる前に白の腰を抱え込んだ。
肩からの突進が下腹部に当たり白のチンピラがグフッと息を漏らす。
邦子はそのままチンピラを持ち上げて後方へと反り投げる。
リングの上ではなく床の上なので相手が受け身を取れないことを考慮しつつ投げた。
下手にやれば死へ直結するのがプロレス技の恐ろしいところだ。
豪快な投げは隙でもある、そう判断した黒のチンピラが動き出す。
隙を見つけたと強気になったこともあり、しっかりと踏み込んだ上での上段構え。
先程までの五人のチンピラと違い何かしらの武道を学んでいたような整った体勢。
白を投げ飛ばした体勢から起き直した邦子の頭めがけて金属バットが振り下ろされる。
避けれない。
邦子は瞬時にそう判断し両腕を交差して頭の前で構えた。
振り下ろされた金属バットを両腕で受けとめる。
バンッ、と肉を叩く音がジム内に響く。
強い衝撃と痛み、邦子は苦痛に顔を歪めるも骨は折れていないと感じていた。
ならば──。
邦子は両腕で金属バットを押し返す。
押し返され姿勢を崩す黒の胸に張り手を一発。
ガハッ、と黒が空気と唾液を吐き出した。
張り手の強い一撃に黒のチンピラは金属バットを掴んでいることもままならず落とす。
カランッ、と床で跳ねる金属バット。
しまったなどと黒が目線を金属バットに落としたのが最後、邦子は左脇に黒の頭部を抱え込んで後ろに倒れ込んだ。
床に黒の頭部を叩きつける、ついでに首も締めつけておく。
グエッとも言い表せない音を黒のチンピラが鳴らした。
これで、六人。
残るは──。
脇に抱えた黒のチンピラを解放し、邦子はジムの入口で悠然と立ち構える剣崎を見上げた。
黒と違い投げ後の隙を狙ってくるでもなく、剣崎はただ邦子の闘いを観戦していた。
邦子が睨み付けると、剣崎は嬉しそうに口角を上げて拍手しだした。
「さすが女王。名も知られてねぇチンピラとはいえ六人もの相手にこの速さで試合終了とは」
「こんなヤツら何人来ようと物の数にもなりはしないよ」
「おお、それはスゴい。いやいや、そうだろうとオレも思ってたんだぜ。女王相手に六人ぐらいじゃ物足りねぇって。せっかくならさ、女王無双がみたいわけ。んなわけで──」
ジムの外が騒がしくなってくる。
大勢の足音。
平日昼間、住宅街の一角とはいえ不自然なほどの足音と話し声。
ジムの外、道路の先から無数の人影が歩いてくる。
見えるだけで十は越える大団体。
「一騎当千、行ってみようか女王。その為のチンピラは呼んどいたぜ!!」
「なるほど、アンタのクソみたいなリスペクトってのがよくわかったよ」
狂おしいまでの過大評価。
六人までなら数ではないが桁が違うとなれば話が変わる。
「んじゃ、オレはアイツら全部やっつけた後のボスってことでヨロシク!!」
剣崎が両手を広げて笑い、後ろに下がっていく。
それが合図になったのかチンピラの行進が駆け足に変わる。
地面を揺らすほどの足音、気合い入れの怒号が飛び交う。
「アンタ、絶対一発殴ってやるから待ってなよ」
邦子が指を差して、剣崎は手招きで応える。
邦子は苛立ちを自分の両頬を叩くことで抑えた。
気合いを入れ直し、冷静にならなければこの危機を乗り越えることはできないだろう。
さて、せっかくだ。
街を脅かすヤツらを叩きのめしてやろうじゃないか。
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