第58話 良薬は口にフュージョン 1
真盛橋羽音町六丁目、冠泰平プロレス。
地域密着型の小さなプロレスジムで、男女混合で鍛えられた選手が全国区のジムへと移籍デビューすることも少なくない。
本日も若手の男性レスラーが他ジムとの合同興行でデビューするということで、ジムの人員は出払っていた。
桐山邦子もジムで支度を整えた後そちらに合流するつもりであったが、今は招かれざる客の相手で手が一杯で予定は変更されることになった。
森川八重を匿うことにして各所に連絡を入れて数分と経たずして、冠泰平プロレスの窓ガラスは叩き割られた。
「お姫様、はっけーん!!」
「入口開いてるってのに、わざわざ窓割って入ってくるなんてどんな教育受けてんだ、アンタらは」
こぞって金属バットを持ったチンピラが六名、ぞろぞろとジムに侵入してくる。
「かーっ、こんな形で女王にあっちまうなんて、不幸中の幸い? いや、幸福中の不幸?」
六名のチンピラの後ろでツーブロックに刈り上げた水色の髪が、周りのチンピラより頭二つ上の高さにあってやたらと目立つ。
茶色い迷彩柄のジャケットを黒のニットシャツの上に羽織り、ネイビーのパンツは妙にダボつかせて履いている。
剣崎晃司。
「アンタ、羽姫の客か? このジムで私を女王と呼ぶのはやめてくれない、恥ずかしいから」
羽姫で女王と呼ばれる邦子も冠泰平プロレスではまだまだ練習生から毛が生えた程度の位置で、いきがってるなんて先輩たちに思われたら下手な可愛がりが待ち受けている。
「恥ずかしい? 羽姫の女王って呼ばれるのが恥ずかしいってのかよ?」
「お山の大将みたいになってんのが恥ずかしいって言ってるんだよ」
「女王、そりゃぁ羽姫愛が足りねぇって話じゃないかな、アンタ。羽姫で女王と讃えられること、もっと誇りに思うべきだと思うぜ!!」
剣崎が吠えるとそれが号令となったのか周りのチンピラが動き始めた。
「八重ちゃん、奥の部屋に走って! しっかり鍵かけとくんだよ」
「邦子さんは──」
「私はここでコイツらをぶっ倒すだけさ、聞くまでもないだろ?」
邦子は軽くウィンクすると駆け出してきたチンピラの一人を前蹴りで押し返した。
金属バットを大振りに構えていた紫ジャージのチンピラは胸に蹴りを直撃されて、軽々と蹴り飛ばされる。
「ち、千代田組の人間は呼んでありますからっ!」
八重はそう言うと躊躇いながらもジムの奥の部屋へと向かって駆け出した。
巻き込んでしまったのは悪いと思いながらもそこで立っていたところで単なる足手まといだ。
ジムの奥の部屋、更衣室とかそういうものかもしれないがそこには何か武器になるものがあるかもしれない。
邦子は蹴り飛ばしたチンピラが落とした金属バットを部屋の端へと蹴った。
相手が武器を持ってきてようとジム内での喧嘩沙汰ならやるべき手段は、プロレス技一択だ。
悪役レスラーという設定で道具を使ってもありだが、パイプ椅子は有りでも金属バットはやり過ぎな感じがする。
「揃って金属バットなんて持ってきて野球でもやろうってのかい?」
背後でドアが開閉する音がして、しっかりとカチャリと鍵が閉まった音が続いた。
「ああ、これなら近くに大きい公園あるでしょ、グラウンド付きの。あそこで野球少年から借りてきたんだわ、ちょうど人数分あったから助かったー」
剣崎はブンブンと金属バットを振り回す。
野球は未経験なのか、フォームは不格好だ。
「なんかぁ、一斉にお祭り始めるみたいでさ、パーティー道具欲しいなって思ったんだよね」
「そんなもんも盗まなきゃ用意できないなんて、つくづくしょうもないヤツらだね、アンタら」
うるせぇ、と言ってチンピラが一人駆け出す。
黄色いパーカー。
邦子がそれに反応すると、逆方向のチンピラも動き出した。
緑色のトレーナー。
黄色と緑、左右からの挟撃。
プロレスジム、ジムの真ん中には大きなリングがあり、入口側から見ればそれを挟んだ先に邦子はいる。
道路に面した側の窓ガラスをぶち破って入ってきたチンピラたちは実質入口から入ってきたのと同じ立ち位置にいるので、黄色は反時計回りに、緑は時計回りにリングを回り込むことになった。
藍色の七分袖のシャツを着たチンピラがリングに駆け上がるが、ロープの潜り方に手間取っている。
先に駆け出した黄色のパーカーがあと数歩と間合いを近づけるが、その数歩を詰めたのは邦子の方が先だった。
グッと腕を水平に伸ばし黄色の喉元に叩きつけた。
ラリアット。
邦子の鍛え上げた逞しい腕が強い衝撃を生み出す。
構えることさえままならず無防備に受けた黄色は床に大きな音を立てて転倒した。
ろくな受け身も取れない素人だ、強く頭を打っただろう。
「普段は素人相手なら気を付けるんだけど、今は容赦する気はないよっ!」
邦子はラリアットを振り切った身体を強く踏み込んで強引に制止させ、振り返る。
キュッと床を踏み滑る音がする。
振り返った先、回り込んできた緑が迫ってきていた。
邦子は大きく二歩踏み込むと、その鍛えた大柄な身体からは想像つかない軽やかさで跳躍する。
緑は突進を予想して下段構えでバットを振り上げようとしていたところだったが、目の前で跳躍する邦子に驚いて動きを止めてしまった。
その間抜けな行動に、その間抜けな顔面に、ドロップキックが突き刺さる。
車に衝突されたような衝撃、緑は吹っ飛ばされて壁に並べられたパイプ椅子を巻き込み崩れて倒れた。
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