第57話 昔取ったラグタイム 11

 風が少し強くなってきて遊川の吐き出した紫煙が勝の顔に当たる。

 ゲホゲホとむせる勝。


「その梅吉だとかもう一人のヤツってのが千代田組と羽音町を荒らしたいってのはわかるんだけど、そこと組んでる見知らぬ人ストレンジャーの旨味ってのがわからねぇな。この街を薬の市場にしたいって言っても小さい街だし、近くにでかい街があるわけでも空路海路の流通も良くはないだろ? 数人で組んで小遣い稼ぎのシノギ上げるなら話はわかるけど、大人数で分けあうような場所か?」


 旨味が無いとなればよほどのカリスマ性のあるリーダーでも無ければ寄せ集めはすぐに瓦解するだろう。

 勝と八重を襲ってきたチンピラたちに宗教的信仰や軍隊のような統率は感じなかった。

 説明されなければ相変わらずバラバラにやってる個々のグループにしか思えない。


「それに真盛署だけならまだしも県警だとか、外国人も絡むなら公安せんもんの取り締まりもあるだろうしさ、儲けよりリスクの方がでかそうだけど。千代田組アンタらだって、いざって時にはメンツ関係なく東條会がでしゃばってくるんじゃないの?」


 小さい街の小さな小遣い稼ぎで話が済むわけはない。

 勝達を襲ったチンピラぐらいなら、クラブのパーティーに参加するような感覚で暴れたいというノリでこの話に乗ったのかもしれないが、米倉ビルで会ったあのアジア系の男がそんな危ない橋を渡るとも思えない。


 遊川はもう一度紫煙を吐くと、胸ポケットから携帯灰皿を取り出して短くなった煙草を 入れた。


真盛橋羽音町この街はよ、隣町との吸収合併で出来上がった歪に広い街だが、テメェの言う通り確かに外から見たら小さい街だ。だからこそ、注目度ってのも低いって話だよ。大体の組織ってのはマクロにモノを見てやがるからな、細部に目をやるまでに時間がかかる。この街には空港も港もねぇが、陸路はここのところ充実してるのさ。を始めるには、まぁうってつけなのかもな」


 何を始めるにしても最初は小さいことからコツコツと。

 麻薬組織の売人使いっぱしりから、使う側になるためのサクセスストーリー。


「縦じゃなく横の組織、共同経営みたいなノリだろう。そうやってノリだけの若いヤツらを呼び込んで頭数揃えて、知性のあるヤツらの身代り羊スケープゴート、切れる尻尾も集めてやってんだろうな」


 組織を抜けた外国人の裏社会での立て直し補助。

 それが実質的な旨味というところか。


「昨日組から勝手に抜けて、もう今日暴れ始めてる梅吉がそんな頭のキレることやってるとは思えねぇ。さっきも言ったがもう一人仕掛けてやがるヤツがいるのは確実だ。そいつがこれ以上面倒な状況にしてくれる前に動き出させるのが今回の本題で、俺の狙いだ」


「俺が森川を拐ったってことにしたことで、そのもう一人ってのが動いたのか?」


「森川八重を拐うことが千代田組組長を強請ゆする材料になりえるかもしれない、そんな可能性すきをちらつかせるのが目的だった。まぁ、初めはその餌で誘き出すというより敵をまとめたかったんだがな」


 散り散りと個々に動く余所者を叩くには千代田組の組員数では足りない。

 偶然の産物、勝の行動により生まれたその機会を遊川はゴキブリホイホイのように扱ってみせようと考えた。

 その狙いは的中し街に蔓延る余所者ゴキブリはわらわらと蠢き始めて、遊川は今回の状況を捉えることになった。


「簡単に顔を出すような間抜けじゃなかったが、末端は動かしてくれたみたいでな。詰めるには十分、鬼ごっこしようかと俺も外に出てきたわけよ 」


「遊川さんが本格的に動くなら、なおさら俺はお役目御免な気もするけど?」


 勝は話の流れに息を吐いた。

 安堵ではなく、溜まった疲れを吐き出したかった。

 誰に言われるでもなく自ら仕掛けたことではあるが、殴り込みの後には休息は必要だなとつくづく思う。

 気を抜けば全身の痛みから膝から崩れて地面にへたり込みそうだ。


「真面目に話を聞いてたのかよ、佐山。テメェには返しが来るって言っただろうが。役目は終わっちゃいねぇよ。テメェが餌だってのは継続中だ。これは忠告で状況説明だっつっただろうが。ここからは俺が釣竿としてテメェと行動を共にしてやるよ。パーティーが増えたぞ、喜べよ」


 そう言って遊川は前髪を両手でかきあげて、口角をニヤリと持ち上げた。


「ヤクザの若頭がパーティーメンバーに入るなんて嬉しくもなんともねぇよ。しかも、エンカウント率上昇待ったなしじゃねぇか!!」


 敵が襲ってくるランダムエンカウント方式ではなく、敵を見かけたら容赦なく襲うシンボルエンカウント方式。

 脅威的な戦闘力は加わったものの、休みなく行いたいものではない。


「テメェが日頃やってる千代田組長親父だとか勝手バカな話の延長線上だ、遠慮すんな。再三止めろって言ったのに首突っ込むテメェが悪い」


 親父。

 酒を酌み交わした極道の繋がりという意味ではない、血の繋がった実の父親という意味。

 佐山勝は千代田組組長──千代田毅の前妻の息子であり、森川八重の腹違いの兄である。

 母親を棄てた男の仕事の尻拭い、千代田組の手の回らない取りこぼしを潰して回っている。

 そんなイカれたことを勝は誰に言われるまでもなく自らの意志で行っているのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る