第56話 昔取ったラグタイム 10
真盛橋羽音町六丁目、ラブホテルに挟まれたテナントの入ってない貸ビルの屋上。
真上より少しずれた太陽が眩しく輝いていて、遊川は額の上に手をやり日光を遮りながら煙草を吹かしていた。
「あのさ、眩しいなら中で良かったんじゃないの?」
落下防止用のフェンスにもたれる遊川に勝は眉をひそめ抗議する。
背の高いラブホテルに挟まれてるというのに時間帯かビルの屋上は太陽に照りつけられていた。
まだ肌寒い季節ではあるが、遮るものの何もなくこうも直射日光を食らえば暑いぐらいだ。
「若頭って肩書きを頂いちゃいるが、実際やってんのはほとんど事務職でな。昼間は事務所で机の前に座りっぱなしだ。お天道様を仰ぐのも久しぶりってもんでよ」
紫煙がゆらりと揺れて空へ溶けていく。
まるで太陽に誘われて熱に溶かされたようで、身体の中に渦巻く悪い空気を浄化しているみたいだった。
日光浴に付き合ってる暇は無い、と勝はまた文句を言おうと思ったが、遊川の胸で鳴る携帯電話のバイブレーションの音に邪魔される。
悪いな、と手で示し遊川は電話に出た。
「どうした?・・・・・・ああ、わかった・・・・・・そっちは任せる・・・・・・くれぐれも手荒なことはするなよ、事情を説明して了承の上保護しろ。面倒は増やすな」
電話の相手に二、三続けて指示すると遊川は電話を切った。
「森川の事か?」
「ああ。お嬢の居場所がわかった。
「プロレス? 森川ってそういうのに知り合いがいるのか?」
「さぁな、多分羽姫繋がりだろうさ」
羽姫?、と勝は首をかしげるが、知らないならいい、と遊川はそれについて説明を続けはしなかった。
「まぁとにかく、これで俺はお役目御免だな。後は任せたぜ、若頭さん」
勝手に始めた護衛役だ、勝個人でやるよりは千代田組という組織に任せた方が良いだろう。
千代田組の若頭である遊川とも話ができたし、勝自身が間違って千代田組の組員に追いかけ回されることもないだろう。
「オイ、佐山。テメェ勝手に首突っ込んどいて簡単に話から降りれるだなんて、甘いこと言い出すんじゃねぇだろうな」
「誘拐沙汰は森川が見つかってちゃんと千代田組が連れて帰れるならこれ以上問題ないだろ? 下手に脅して来ないでくれよ、遊川さん」
遊川は煙草を吹かす。
少し風が出てきてその紫煙を緩やかに流していく。
「これは脅しなんてもんじゃねぇ。単なる忠告で、状況説明だ。テメェはまた一人でウチのシマで好き勝手にやってるヤツらに殴り込みかけたんだろうが。その返しが来るって事だよ、しかもだいぶとややこしくなってな」
「ややこしいって?」
フーッと遊川は大きく紫煙を吐く。
それは溜め息を視覚化したもののようにも見える。
「佐山、テメェが昨日殴り込みかけたヤツらな、アレはウチの組から抜けたヤツが集めてるグループの一つだ。
遊川に問われ、勝は首を横に振る。
日頃薬の売人グループを撲滅するために殴り込みを仕掛けているが、聞いたことの無い名前だった。
「
「何の話だよ?」
外様と言われれば確かに勝が羽音町に住み出したのはここ数年のことで、まだこの街に馴染めきれてないと思っていた。
「ウチの組から抜けたヤツがな、外の街のチンピラとか集めてんだよ。最近多くなってきた小さいグループなんかは大体取り込んでるみたいだな。昨日からテメェとお嬢を追いかけ回してたヤツらも
「ロシア人、あとアジア系のヤツもいた。ああいうのって、辞めたヤクザ一人に扱われるものなの?」
「そこがややこしい話でな、そいつら外国人もそれぞれの組織を辞めただか逃げただかしてきたはぐれモノでな。そいつらに
「は? なんだそりゃ。何が目的なんだよ、その抜けたヤツって。そんなやり方で取り分確保できるのか?」
「金の取り分じゃねぇんだろうさ。壊したいんだとよ、この街を、ウチの組を」
米倉ビルでの組員射殺事件。
その異変から調べに動き始め集めた情報。
千代田組の目を逃れ暗躍し準備期間はあれど突貫で組まれた寄せ集めには綻びはすぐ見つかり聞き出すことは容易ではあった。
梅吉英雄。
千代田組に入って十年も経たない若いヤツが起こしたクーデター。
いや、無差別テロの方が近いか。
しかしそれは、一人で起こしたものではない。
「ウチの組を抜けたヤツ──梅吉英雄ってのが騒動を仕掛けようとしてたところに、佐山、テメェがその一部にちょっかいかけてウチのお嬢を連れ歩くことになった。それを俺は利用させてもらった、ってのがここで説明したい本題だ」
「そういえば、利用とかいってたな、遊川さん」
「佐山、テメェがあのビルから離れた後、あのビルでウチの組員二名が射殺された。俺はその殺したヤツを見つけて落とし前をつけさせるつもりだ。そいつは多分だが、梅吉英雄の協力者で、梅吉を暴走する御輿の上に乗せた野郎だ」
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