第3話

――二年前の7月。


「私、霧島きりしまくんのこと好きになっちゃった。どうしたら彼に振り向いてもらえるかな」


中学一年最初の期末試験直前に水卜素子みうら もとこは親友の百田美奈ももた みなの相談を受けた。

素子から見ても、美奈は決して美人と言える容姿ではなかったが、彼女の丸顔やたれ目や唇が厚いところはに不思議な色気がある。そして中学一年にして豊満なバストを有している点では、ちょっとした美人よりもアドバンテージが上なのだ。

それに対して素子の胸は、制服の上から確認できない程に発展途上であった。しかし、素子は高身長で顔立ちも整っていたので、周りからはスレンダー美人として崇められていた。美奈にとっても頼りになる姉御的な存在であった。


「仕方がないな。私が恋の秘策を教えてあげよう」


素子が伝授した秘策とは、ひたすらチョコを食べること。

チョコレートのカカオポリフェノールには美肌効果がある。更に「恋愛ホルモン」とも言われているフェニルエチアミンも含まれている。

これから毎日チョコを食べて、来年二月のバレンタイン時期に美奈は身体中から恋愛ホルモンムンムンのチョコ女になっているという作戦だった。

ところが、作戦の本質は恐ろしいものだった。

美奈を偏食で太らせること。

食べ物はチョコでなくても良かったが、長期間続けさせるために、目標をバレンタインデーに定めてチョコレートを食材に選んだ。

偏食を補うため栄養サプリの錠剤も一緒に渡していた。しかしそれは素子が心療内科から処方されていた抗うつ剤でドーパミンの分泌を増やす効果があった。

ドーパミンが過剰に分泌されるとやる気が強迫観念に変わる。美奈のチョコレートの摂取も、しなければいけない行為として無意識に続けられる。

素子は美奈の身体の匂いを嗅いだ。その行為も暗示の一種だった。美奈は自分からチョコの匂いが感じられるまでチョコレートを食べ続けるだろう。

あとは放っておけば良い。


九月一日。

二学期が始まり美奈が登校すると、複数の視線を感じた。


――私から恋愛ホルモンが出ているのかな?


「素子~、おはよ! 霧島くんもおはよ!」


美奈は、仲良く腕を組んで投稿する二人に元気良く挨拶をした。


「あんた誰?」


思いも掛けない返事が素子から帰ってきた。


「なに冗談言ってんのよ。私よ、美奈よ」

「えー、美奈なの? どうしたのその顔。てか、その制服よく着れたわね」


美奈の白いブラウスは胸を大きく張ればボタンが弾けて飛んでしまう程ギリギリな状態だった。スカートも横のフックは外れていて、座れば脱げるか破れるかするだろう。


「あんた今朝、鏡見たの?」


素子からスマホの画面に映った自分の姿を見せられて美奈は愕然とした。チョコレートの偏食により体型が大きく膨張していたのだ。

そして霧島は顔面蒼白で、明らかに異形の生物を見て怯えていた。

素子は美奈の身体に顔を近づけて鼻をくんくんする。


「うん、甘いチョコレートの匂いするよ。霧島くん、美奈はチョコレート好き過ぎて毎日食べてたんだって」


美奈は混乱した状態でその場を逃げ出していた。

翌日、チョコ女の噂は瞬く間に校内に広まっていた。匂いを嗅ぐ者、陰湿ないじめをする者……。彼女にちょっかいを出す生徒は絶えなかったが、九月の終わり頃には校内で百田の姿を見ることは無くなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る