第2話
二月十四日。
バレンタイン当日の朝。
二階堂は通学路を歩きながら
万城目は、昨年彼に塩味のチョコを渡した女子で、二階堂は彼女に好意を寄せている。
ボブヘアに小さな顔。校則に抵触するが、色付きリップやネイルアートをして登校するお洒落さんだ。彼女は学校のアイドル的な存在で、違うクラスの二階堂をはじめ、上級生や下級生も含めて多くの男子から人気を集めていた。
物静かで特徴のない二階堂にとって、万城目は高根の花で自分には縁のない女子だと思っていた。登校中や放課後に彼女の姿を遠くから見ているだけで彼は満足だった。
ところが昨年のバレンタインデーに思いも掛けず彼女からチョコレートを貰って驚いた。
親友の二人にチョコの送り主が万城目だと言わなかったのも、不釣り合いだと言われるからだ。
ミトに至っては、お前の妄想だと言うかもしれない。
昨日、彼女のチョコを犬にあげたと言ったのも嘘だ。たとえ塩味でも醤油味でもチョコレートじゃなくても万城目から貰ったものなら何でも残さずに食べるだろう。
塩チョコを食べた時は、砂糖と塩を間違える彼女の抜けた性格にキュンとした。
――今日はいないな。
結局、二階堂は万城目の姿を見ることなく昇降口まで来た。
下駄箱を開けると、そこには可愛らしいリボンで結ばれたピンク色の小さな箱があった。早い時間に登校した誰かが入れたものだろう。
二階堂は、チョコを貰える期待も少しはあったので、それを目にして心臓の高鳴りが抑えられなかった。
慌てて取り出してカバンに仕舞うと、何事もなかったかのように上履きに履き替えて教室に向かった。周りを確認したが、知り合いに見られている様子はなかった。
そして放課後を迎えると、山崎、二階堂、ミトの三人はまた体育館前の階段に集まっていた。
今日の話題は勿論、チョコレートを貰ったかどうかだ。
「これが例の
事件の押収物を出すように、山崎は細長い宝石箱のようなものを二人の前へ差し出した。
「三千円のあれか」
ミトが目を輝かせて山崎を見ると、彼はコクリと頷いた。
「今年も貰ってしまった。一か月後が恐ろしいよ」
山崎は頭を抱えた。
「そう言えば、バレンタイン当日なのに俺たちとこんな所にいていいのかよ?」
至極当然の事を二階堂は聞いた。
「そうだよ、俺たちのことは気にすんな。早く五十嵐の所へ行けよ」
ミトもまじめに心配していた。
「実はさ、泉の本命は今付き合っている高校生なんだよ」
「は?」
二階堂とミトは同時に口を開けて山崎を見た。
「俺は二番って言うか、プレゼント要員?」
ははは、と失笑するイケメンの姿は悲しかった。
「女って怖えー!」
「それでも俺が泉を好きなんだから仕方がない。この学校では俺のものだしな」
――好きになった気持ちはどうしようもないよな……。
二階堂は山崎の気持ちに共感して心の内で頷いていた。
すると空気を読まないミトが急に二階堂に話を振ってきた。
「ところで二階堂はどうだったんだ?」
「は?」
「はぁ、じゃなくてチョコの話だよ。貰えたのか、手作りチョコ」
貰ったと答えると面倒な事になりそうなので、「今年は貰えなかった」と、また嘘を付いた。
「俺たちって何でこんなにモテないんだろうな」
「お前と俺たちを一緒にするなよ」
ミトが嘆くと、すかさず山崎がツッコミを入れる。
「少なくとも二階堂だってチョコを貰った経験があるんだ。貰ってないのはミトだけだぞ」
その一言がミトに火を点けた。
「俺も手作りチョコが欲しい! そうだ、チョコ女に貰いに行こうぜ」
「貰いに行くってのはバレンタインの趣旨と違うんじゃないのか?」
「俺はどうしても手作りチョコが欲しくなったんだ。よし、山崎。今から百田のところ行くぞ!」
ミトは二階堂の意見など聞く耳を持たない。山崎を引き連れて百田のクラスへ向かおうとする。
昨日、手作りチョコを貰っても絶対食わないと言った男の行動とは思えない素早さだ。
「俺は帰るよ」
「二階堂はいつも乗りが悪いな。まあいいや、明日成果を報告してやるよ。楽しみになー」
ミトの勢いは止まらなかった。遠ざかる二人の姿を二階堂は見送った。
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