彼女がチョコレートをあげる理由 ~チョコと5人の少女たち~

とりむね

第1話

二月十三日。

山崎やまざき二階堂にかいどう水卜みうらの中二男子三人組は、体育館前の階段に座って雑談をしていた。


――明日俺たちチョコ貰えるかな?


彼らの話題はそんな健全なテーマではなく、バレンタインデーの恐怖体験談だった。


「聞いてくれ。俺が体験した恐ろしいバレンタインデーの話を……」


口火を切ったのは一番のモテ男、山崎。

整った顔立ちに高身長。女子からの人気もあり付き合っている彼女もいる。


「お前は色々貰ってそうだから、中には際物もありそうだな」


冒頭から茶々を入れたのはお調子者の水卜だった。水卜の苗字は全国でも珍しいが、多くの水卜さんの例に漏れず、彼もミトの愛称で呼ばれていた。ミトはコミュニケーション能力が高く、彼がいる場は自然と明るくなるだ。


「ミトはちょっと黙ってろ。俺が貰った恐怖のプレゼントは本命のいずみのだよ」


五十嵐泉いがらし いずみは、おおっぴらな性格で校内でも二人はいちゃついている。

山崎は怪談を話すような低い声で静かに語り始めた。


「去年のバレンタインデーの事だ。泉が俺に小っさい箱に入ったチョコレートをくれたんだ。泉は自分でチョコを作るタイプじゃない。その箱には、俺も知っている有名チョコレート店のロゴがあって、中身は三粒で三千円の高級チョコだったんだよ!」

「のろけかよ」


静かに聞いていたミトは拍子抜けた。


「それのどこが怖い話なんだよ」


今まで黙っていた二階堂も今回テーマとの整合に異議を申した。


「怖いのはここからだ。一か月後、何が待っているかお前らでも分かるだろ?」


あれか。話を聞いていた二人にも結末は想像できた。


「ホワイトデーに一万円もするアクセサリーを強請られたんだよ! 女って超怖えーよ」

「ご愁傷様。三倍返しだな。俺はモテない男で良かった」


ミトは自分を卑下してみたが、山崎に同情する気持ちは少しもなかった。


「じゃあ次は二階堂な」


ミトは、モテる男の愚痴を早めに切り上げて、二階堂へ話題を振った。


「俺は去年手作りチョコを貰ったんだ」


二階堂の告白に、二人同時に身を乗り出して食いついた。普段大人しい男がチョコレートを貰っていたとは予想していなかったのだ。


「誰からだよ」

「そう興奮するなよ。悪いけど相手は教えない」

「なんだよ~」

「恐怖の手作りチョコの話を聞こうじゃないか」


山崎がミトを一睨みした。二階堂は軽く咳払いをしてから続きを話し始めた。


「俺が貰ったチョコは板チョコを湯煎で溶かして、甘く味付けて、ハート型に固めて作ったものだったんだ」

「それって本命チョコじゃねえか!」


ミトは直ぐに興奮すので、その都度、山崎が「黙れ」と制する。


「ココアの粉も降ってあって見た目にも美味しそうなチョコだったけど……」


想像を絶する不味さだったのか、それとも歯が立たない固さだったのか、一体どんな食べられない代物だったのだろうかと、二人は結末に期待していた。


「食べてみたら凄くしょっぱくて……。砂糖と塩を間違えてるんだよ」

「マンガかよ!」


ミトが即座にツッコミを入れた。

二階堂が「たまらず犬に食わせたよ」笑って言うと二人から「ひでー奴だな!」と返された。


「よーし、次は俺だな!」


満を持してミトが手を挙げた。


「お前チョコ貰ったことあるのか?」

「ない!」


山崎のツッコミにミトは力強く答えた。


「ないから、俺が聞いた怖い話を聞かせてやる」

「何だよ偉そうに」


自分の事でもないくせにと思いながら、二階堂は笑った。


「去年のバレンタインデーの日、隣のクラスに転入生が来たんだよ」

「なんだチョコ女か」


自身満々に語るミトの話の腰を折るように山崎は呟いた。


「知ってる話もあるかと思うが最後まで聞けって。絶対に怖いから。チョコ女、百田美奈ももた みなの話だ。東京から来た転校生がなぜチョコ女と呼ばれているのか。彼女は転入当日、クラス全員に手作りチョコを配ったんだ。その後、半数の男子が彼女に夢中になって、女子からの敵意を一身に受けたと」

「そうそう。それで女子どもは、百田が男子のチョコに媚薬やら変な液体を混ぜたとか噂してんだろ?」


山崎はつい口を挟んでしまった。


「実は、俺の従妹が東京にいて、偶然、百田と同中おなちゅうだったんだよ」


意外な方向へ話が展開したので、山崎も黙って聞いた。


「百田は東京で酷いいじめに合って不登校になったんだ。その原因は彼女の容姿にあって、今では想像できないほど、すっげーデブだったんだよ」


今の百田はふっくらとしているが決してデブと言われる体型ではない。小柄な身体に似合わず胸が大きく、分かり易く言えばエロい身体だった。丸顔にタレ眼、少し厚みのある唇も相まって一層そう感じさせるのかもしれない。


「これ、従妹に送ってもらった写真」


ミトのスマホには今の倍ほど膨らんだ身体の女子が映っていた。山崎と二階堂にはこれが百田だとは到底思えなかった。


「これ本人か?」


二階堂が信じられない顔でミトに聞くと、彼はコクリと頷いた。


「太った原因ってのがチョコの食べ過ぎで、従妹の話だと百田の身体からはチョコの匂いがしたらしい。それで、怖い話に戻るけど、百田は転校する日にすっかり痩せた身体で登校してみんなを驚かせたそうだ。脂肪吸引したとか、整形手術したとか噂に尾ひれが付いて、自分の身体をチョコのように削ったと言う者までいたそうだ。自分の身体を溶かしたチョコなら、それを食べた男子が変なフェロモンにやられて虜になったんじゃないかってのが従妹の説だ」

「なんだよ、お前の従妹もひがみじゃねえのか?」


山崎と二階堂は半ば呆れていた。チョコの身体なんて突飛すぎて、誹謗中傷にも程があるだろう。


「実際、手作りチョコって怖くないか? 何入れられても分かんないだろ? それをよく平気で食えるよな」


「それはお前のひがみだろ」


山崎は図星を突いた。


「いや、俺は明日手作りチョコを貰っても絶対食わないぞ」

「貰えないから安心しろ」


ミトと山崎は冗談を言い合って笑っていたが、二人と対照的に二階堂は押し黙って暗い表情になっていた。

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