5-2 その敵とは
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この頃、天柊朝廷は四つの軍団を編成していた。
一つは南方、一つは東方における治安の維持と朝廷の影響力としての役目があった。
そして軍団のうちの一つは北方への備えとして、配置されている。
残る一つが、天柊京を中心として朝廷の中心である都を守る軍団であった。
長い時間を経るうちに、自然とこの中央軍団には有能なものが集い、精兵揃いとなったが、朝廷はそれもまた歓迎せず、有能なものは指揮官として地方へ送られ、兵士も頻繁に配置換えがあった。
これは一部の軍人が勢力を拡張しないように妨害しつつ、国を満遍なく治めるためであった。惰弱な軍団が必ずしも害になるわけではないが、とにかくに地方においては、天柊朝廷の顔と言えば、それは軍であった。
役人なども多くが中央より派遣されていたが、罪人の捕縛や追跡はもっぱら軍にその役目が与えられていた。しかし度々、朝廷で議論されていたのが軍が独自の判断で罪人を処罰することであり、また、軍人が各地の有力者からそれぞれに賂を受け取ることであった。
軍に何をどこまで任せることができるのか。
軍の行動に制約を設けるとして、それをいかにして徹底させるか。
国では頻繁に法の条文が増えていた。最初に作られた天満律では間に合わなくなり、この頃には天柊律というものが新たに布告され、皆がこれに従っていた。
軍の有り様を議論する上で繊細さを求めてくる要素は、軍が暴走し、その暴力によって朝廷を倒してしまうことであった。
この頃、朝廷では皇室がより力を持ち、それは宮家と呼ばれる血筋が出現していたため、極端に政治の場は窮屈になっていた側面もある。
宮家とは、市宮天皇の三人の姉、そして一人の妹の血筋のことで、宇田川宮、竜田宮、東海宮、咲耶宮の四つである。
それぞれの須佐天皇の皇女が嫁いだ先の血筋が、こうして特殊なものとなったことで、途端に朝議の場は市宮天皇とその義理の兄や弟が大半を占め、天皇中心に何事も決定されるようになっていた。
しかし天皇その人には自由になる自身の兵力というものが大きくない、という事実も確かに存在した。
様々な氏族や豪族、部族は、基盤となる土地を持ち、そこから兵を、無理を通せばいくらでも用意できたが、天皇家には直轄の領地はあっても、実際的にどれほど徴兵できるか、また、氏族たちが連合した時、どれほどの兵力を持ってこれと対峙できるか、甚だ不安なのである。
すでに老境に差し掛かった意町日永の奏上があったのは、こうして武力が政治に影響を及ぼし始める、まさしくその時のことで、時期として申し分なかった。
奏上とは、禁軍の編成、という一事である。
国において最も権威のある部隊であり、有能なものを集め、天皇を守護する役目を帯びた隊であった。
このために各地の軍団からこれはというものを選び出し、都に集結させるのであるが、これはある側面では、地方軍の最も濃厚な部分を引き抜くことで、地方軍を骨抜きとまでは言わずとも、弱体化させる、という狙いがあった。
狡猾というより卑怯であったのは、この禁軍の兵士を選抜するとき、朝廷は地方軍の実情を徹底的に調査した。賂などを受け取るものを天皇陛下のそばへは置けぬ、と言いながら、大勢の兵や指揮官に対して積極的な摘発があった。
これもまた、地方軍の力を弱める意図があった。人的に弱めることもできれば、銭の流れ、物品の流れ、表に裏にの便宜など、そう言った不正が監視されることで、軍と民の間にはとりあえずのところは一線が引かれた。
朝廷はこうして頻繁に武力と権力の重心を小まめに変えることで、中央の権威だけは確立したのだった。
ともかく、禁軍である。
規模は千名で、これはほとんど皇宮と呼ばれる建物に詰めていることになる。天皇その人の警護もあれば、皇宮の警備も受け持ち、御幸されるときは必ず同行する。
都では、禁軍とは一騎当千の兵士の集まりだ、というものもいたが、それよりも多く聞こえた言葉は、禁軍などを編成してまさか戦が近いのではあるまいか、都が戦場になるのではないか、という不安の声だった。
都の民は争いごととは長く無縁であったが、高齢のものは東国征伐のことを伝え聞いており、戦になれば民もまた駆り出される、と憂鬱そうに語るものだから、民も精兵の集結に浮かれるより、戦があるかないかという不安の方が強かった。
禁軍は市宮天皇の治世十四年に立ち上がった。
禁軍総帥は布佐赤峰という壮年の軍人で、やはりというべきか、中州の出身のものであった。各地の軍を転々としてからの、抜擢であった。
さて、団村郎手はこの時、十九歳になろうとしていた。兵役は五年を勤めればあとは予備役として故郷へ戻ることができるが、兵としての生活を選ぶことになれば、律に定められている範囲で兵として生きることができた。
団村郎手は禁軍については噂を聞いている程度で、それほど熱意もなかった。
日々の調練に励むこと、それがそのまま時間の流れだった。農村では鍬を振り続けて一日を過ごしたように、剣を振って一日を過ごす。鍬が剣に変わったようなものに過ぎないと、団村郎手は乾いた感想を抱いていた。
それがある時、数人の仲間と呼び出されたかと思うと、禁軍へ配置換えになる、と告げられた。
仰天とはまさにこのこと、と郎手は言葉もなかった。
この後、仲間内で話したことは、やはり民の噂と似たものである。
禁軍は、いったい、何者と戦うための軍なのか。
ただの飾りなのか、それとも、決死の戦闘を受け持つような軍なのか。
誰にも答えは出せないまま、彼らは都の一角で生活するために、荷物を急いでまとめたのであった。
(続く)
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