4-3 謀反

      ◆


 冬が過ぎ去ろうという時、東国の部族の主だったものの中で、取り立てられるものは取り立てられ、処罰されるものは処罰されることになった。

 一方で、東国征伐を成功させた高角八津漆は位階を進め、軍を指揮するもので最高位の一人となった。兵たちは疲れ、傷ついた体でそれぞれの故郷に帰るものは帰り、軍営に戻るものは軍営へ戻ることになった。

 東国征伐のために徴用された民は、これで永守朝に表立って敵対するものが一つ無くなり、今度こそ穏やかに日々を送れるだろうと、冷え込んだ空気に白い息を吐きながら、素朴に考えたものである。

 民にとって、東国征伐とはじわじわと首を絞められるようなものであった。

 それは兵たちが剣や槍に引き裂かれ、貫かれるより、あるいは残酷だったかもしれない。終わることのない重労働と、作った農作物が端から奪われていく光景、この二つは民にとって全てを奪われているのに等しかった。

 しかし戦は終わったのだ。平和な時間が戻ってきたと思えば、民はそれまでの苦難と今の自分を切り離せた。民は全員がではないが、ある種、強かになっていた。また、政治の良し悪しとは別に、永守朝廷はやはり平和を約束する、と考えるようにもなった。

 冬の間、朝廷で議論される様々な議題の中で、最も激しい意見の衝突が起きたのは、東国の統治をいかにして現実のものにするか、であった。

 東国は永守の都からはあまりに離れすぎている。それは朝廷との連携を困難にし、東国を統治するものには、場合によっては独自の判断で強い牽引力を発揮する資質が求められる。

 朝議の場には天皇も臨席したが、議論は行きつ戻りつ、押し引きが続くばかりで、結論を出すことがないまま、いたずらに時間だけが過ぎた。

 都に雪が降った日も朝議は行われ、しかしこの日、思わぬ展開があった。

 影館氏の一員である華臣と鷹臣が、市灼皇子こそが東国統治を行えばよろしい、とほとんど勢い任せに相次いで発言した。これには皇室に近いものが反発し、一度、休憩を挟まなければどちらかが、もしくはどちらもが暴発しかねない事態となった。

 休憩の宣言の後、市灼皇子に味方するものはそのものたちで一室に集まり、影館氏に近いものはそのものたちで一室に集まった。

 市灼皇子は影館の陣営を批判することに終始するものたちを眺めながら、ボソボソとすぐそばに控える意町日永とやり取りをしていた。

 結局、その日も例のごとく何の結論も出なかった。

 事態が起こったのは、その翌日である。前日に都を白く染めた雪は止んでいたが、まだ都は真っ白に漂白されていた。

 朝議の場で、天皇が臨席していたが、話し合いが始まってすぐに、唐突に市灼皇子が立ち上がった。

「影館に騒乱を企図する動きあり!」

 場はピタリと静まり返り、影館の数人が反論しようとしたが、その時には壁際に控えていた意町永日がすっくと立ち上がり、中庭と広間を隔てる幕を持ち上げた。

 そこに若者を二人、押し倒したのは大屋根を警備する兵であった。

 そして若者は、影館氏に属するものであった。彼らの腰には大屋根には何人たりとも持ち込んではならぬ剣があった。これが市灼皇子が錯乱したわけではなく、実際に影館氏が何らかの行動を起こそうとした、という動かしがたい事実だったが、影館氏に属するものは、誰もが困惑した。

 誰も何も聞いていないためである。彼らは言葉をかわすこともできず、視線で、何か知っているか? いや知らない、何が起こっている? と意思疎通を図るよりなかった。

「大臣影館運音、そなたを捕縛する。処罰が決まるまで、屋敷にて謹慎せよ」

 市灼皇子がよどみなく宣告するのとほぼ同時に、大屋根を守る役目の兵士がやってきて、瞬く間に影館運音と数人の華臣、鷹臣を取り囲んだ。反論しようとするものもいたが、市灼皇子はやはり用意されていたように声を張り上げた。

「天皇陛下の御前で剣を何に用いるつもりであったか。それは議論する必要がないほど、明白なことだ」

 この言葉に、反論できるものはやはりいなかった。

 こうしてある日、唐突に朝廷から影館氏は排除されたのだった。

「これで状況は動きましょう」

 朝議の後、他のものが退室した広間で、座っているままの市灼皇子の背後で、意町日永が囁くように言った。

 他に人がいないのだから、唯一、市灼皇子に向けられた以外にない言葉だったにも関わらず、市灼皇子は無言のままだった。ただ黙って目を瞑り、微動だにしない。

「朝廷を一つにまとめることになるか、それとも二つに分けることになるか」

 やっと、ほとんど抑揚もなく市灼皇子が言うのに、意町日永が深く頷いた。

「二つに分かれぬように、結びつけるのが皇子さまのお仕事でございます。影館殿もあのご様子では、我らの企てに乗ると決められたのでしょう」

 企て。

 まさに企てであった。

「こうなっては、皇子さまには立ち止まることは許されませぬ」

 淡々とした意町日永の言葉を、さっと市灼皇子は手を掲げることで制止した。

 言われずとも分かっている。そういう意志がはっきりと示されていた。

 企て。

 市灼皇子は前日の夜、影館運音と交わした会話を思い出した。

 国のために尽くしてくれないか。

 市灼皇子の言葉に、影館運音は朗々とした声で応じた。

 国のためなら、何事にも耐えましょう。

 それだけのやり取りで、市灼皇子は影館運音というものを信頼した。影館運音が市灼皇子や意町日永をどれほど信用しているかは、影館運音その人以外には知るものはいない。

 目を閉じたまま、市灼皇子は無言で顔を俯かせていた。

 もう意町日永も口を開かない。

 大屋根の広間からは、つい先ほどの混乱はまったく拭い去られていた。

 それでも、国は激しく動き始めているのである。



(続く)

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