3-5 日が沈み、日が登る

      ◆


 天満律で国が大きく変わったとは言えなかった。

 しかし国をまとめるものと、その下につくものは明確に分かれた。位階を定めたことがそれを実現させたのだった。

 永守朝廷が定めた十の位階は冠の色で誰が見てもそうとわかった。

 その冠をかぶるものは、あるものは栄達の希望に胸を躍らせ、あるものは栄達の極みに満足して、それぞれの仕事に励むことになった。

 ただ、久宝皇子や榊大館を始め、一部のものはそこまで呑気ではいられなかった。

 この位階は、そう簡単に登っていけるものではない。古くから永守朝に臣従している氏族や豪族の長が最も高い位階を示す青い冠をつけているが、言ってみれば青い冠をつけることが許されるのは、限られた氏族や豪族のものだけであり、民から登用されるものがいたとしても、到底、辿り着けない高みなのだ。

 いずれはその事実を誰もが知るところになる。

 知ってしまえば、位階は虚しいものとなり、位階を登りつめることを理由に励む者はいなくなるのではないか。限られた展望に、どれだけのものが満足するのか。

 問題はそれに限らなかった。

 今の自分が属している位階において、できる限りの仕事をするのならいいのだ。しかしその限界を超えたらどうなるか。心が腐敗する役人ほど手に負えないものはない。しかも今の役人はおおよそが相応の血筋を持ち、誇りがあり、また問題行動があっても容易には処罰できないのだった。

 処罰に関しては天満律に明記されているが、この法が徹底されるとき、そこには正義があったとしても諍いの元になる。

 朝廷が乱れるのも構わずに法を執行するのか。

 では、朝廷が崩壊するまで、法を執行できるのだろうか。

 こうして国が進歩すると同時に、国は居心地の悪いものとなり、久宝皇子の理想は現実に当てはめたとき、様々な歪みや亀裂を生じさせるのだった。

 天満天皇の治世十八年、改めて景に留学生を派遣することとなった。この留学生の大半は、完教の若い僧たちだった。完教について学び、それを国に持って帰ることが目的である。

 天満天皇とその側近たちは、国を完教によってまとめていくことを模索し始めていた。

 完教の仏閣はすでに永守の都に多く建てられ始めていた。鐘が鳴らされ、読経の声もそこここから響き渡ってやむことはなくなっていた。

 天満天皇の治世二十二年の秋、突然にして久宝皇子が病に倒れた。

 久宝皇子は長く寝付き、冬が深くなる頃には別人のようにやせ細り、もはや筆をとることもできない体となった。民の多くが、あの美しい皇子が、もうあの達筆は過去のものか、と嘆き悲しんだ。

 榊大館は四年前の景国への留学生の派遣に、やはり領地の若者を多く投入したため、統治を安定させるために南方に留まる必要が生じていた。都へ戻ったのは雪が降りしきる夜で、知らせを受けていたにもかかわらず、見舞いにも出向けなかった自分に苛立ちながら、積もった雪を蹴散らすようにして久宝皇子の屋敷に踏み込んだのだった。

 朱季姫が出迎え、その表情を見て榊大館は安堵したが、「今日は特別でございます」という言葉を聞いて、決してこの先、安心していられないことを悟った。

 皇子が休んでいるという広間に入ると、寝具の頼りない膨らみに息を詰まらせ、ここまでの激しい足音をごまかすように、静かに榊大館は盟友に歩み寄った。

「久しいな、榊殿」

 寝具の中から頼りなく伸ばされたやせ細った手を、榊大館は力強く握りしめた。その熱が伝わったように、久宝皇子の頬に血の気が戻ったように見えたが、あるいはそれは灯りの加減だったかもしれない。

 二人は長いこと、余人を交えずに語り合った。

 夜深い時間に、榊大館は久宝皇子の屋敷を出ると、都の一角の自身の屋敷へ戻り、即座に使いを走らせた。

 明け方、一睡もしなかった榊大館の前に一人の青年がやってきた。いつもの夜と変わらずに、何も知らずに眠っていたはずなのに、その青年が発する凛とした気配は夜明けの強い日差しを思わせた。

「お召しにより、参上しました」

 深く頭を下げる青年に、榊大館は声を発した。掠れているのは、久宝皇子との長い会話の名残であった。

「そなたが、影館多跳か?」

「はい、私が影館多跳でございます」

 青年はまだ顔を伏せ、灯りの光量が乏しく、その表情を読み取るのは困難だった。

 榊大館はしかし、果断だった。

「影館多跳、そなたに久宝皇子は仕事を任せると仰せだ。その仕事は、私とも関係がある。できるか?」

 仕事と言われても、実際のところを知るすべはなかった。また、久宝皇子の仕事となれば、容易ならざるものであり、国に関わることであるのは自明だった。

 しかし、影館多跳は動揺の気配も見せず、より一層頭を下げ、「承りました」と返答した。

 それだけでもこの青年が並ではないことを証明していた。よほどの英才か、よほどの阿呆か、どちらかであると榊大館は見た。

 しかしもはや、迷う暇はなかった。

 明日、改めて話をする、と青年を返したが、朝日が差すまでに残されていた時間はわずかだった。

 榊大館は朝日が差し込むまで、まんじりともせずに思考を巡らせていた。

 久宝皇子は天満天皇の治世二十三年に没する。

 榊大館が没したのは、天満天皇が崩御された後を継いだ須佐天皇の治世六年のことである。

 須佐天皇の第一皇子は宮雨皇子であり、この方が即位して、直宮天皇となられる。




(了)

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