戦女神


 清二くんに久しぶりにメッセージを送った。あれから彼と正式に付き合うことになったこと。もう一ヶ月が経つこと。清二くんの方はどうかということ。返事は直ぐに来た。


「おめでとうございます、だって。」


 ほらほら。メッセージの画面を見せると彼はふうんと興味のない態度をわざと取る。付き合い始めて分かったことだけれど存外彼は嫉妬深い部分がある。異性の連絡先を消せだとか、異性が居るところへ遊びに行くなとか、そういった厳しいルール付けを設けるタイプではなかったが、表情にあからさまに出すのだ。


「拗ねてる。」

「おまえ、俺で遊んでるんだろ。」

「そんなことないってば。誰かさんが意外と甘えん坊でヤキモチやきなんだなぁって、可愛いなって思っただけで。」

「…ちっ。」


 舌打ちをした彼は、頬を赤く染めてそっぽを向いた。


「あははっ、かわいい。」

「やっぱ遊んでんじゃねぇか。こら。」


 口は悪くて、だけれど格好良い。不器用で、それでも真っ直ぐに人のことを考えている。彼を想う気持ちには底がまるで感じられなかった。

 冬本くんが覆いかぶさるように抱き着いてきた。私はそのまま重力に任せるよう、床に押し倒されていた。はらり、と髪の毛が散らばって、ごくりと息を飲んだ。

 視線がかちりとかち合って、私は吸い込まれるように手を伸ばした。ずっと届かなかった彼という存在を確かめるように、頬、鼻先、唇に触れていく。にこり、ほほ笑みが彼の口元に浮かんで、消えてった。


「玲。」

「うん?」

「好きだよ。」

「私も、好きだよ。」


 ふふっ。くすくす。ぱちぱち爆ぜていく、スパークル。瞳を閉じて、キスをする。何度も、触れるだけのフレンチ・キス。私達は、幸せになれるんだろうか。なれないんだろうか。

 でも二人で一緒に居られたら、全力で愛していければ、いいんじゃないか。


「アメリカ、いつか行きたいなあ。」

「そうだな、俺も行ってみたいかも。」

「そういえば、覚えてる?」

「修学旅行?」

「うん、そう。一緒の班だったよね。」


 キスの合間に繰り広げられる他愛ない話。思い出を二人で回想していっては、あれはああだったねこれはそうだったよなとチェックしていく。まるで数学の問題集を私が解いて、彼が採点作業をしているみたいだった。懐かしい心地になって、ふにゃりと心は溶けていってしまう。


「沖縄だったよなあ。俺も玲も三味線体験して、海とかほとんど見なかったよな。」

「そうそう。私、水族館とかも行きたかったなあ。」

「玲って水族館好きだよな。この間も行ったじゃん。」

「癒されるじゃん。それにこの前のところは、ラッコが可愛くて。冬本くんと一緒に見られて嬉しかったなぁ。」


 おまえって恥ずかしいことさらりと言ってのけるから、そういうとこ尊敬するわ。指摘されると、急に照れくさくなってしまい、私が視線を逸らす番になってしまう。こういうところは意地悪なままだった。


「また行くか。」

「え、いいの?」

「おう。俺はいつでもいいから、おまえの予定に合わせる。」


 彼も私もまだ仕事先を決めていなかった。彼は美容師の仕事そのものを続けるか、はたまた違う職種に進もうかを悩んでいた。

 私は、未だにやりたいことが一つも見つからなかった。夢がないって、これほどに、空っぽなのかと惨めに思えてくる。それでも働かないと貯金は減っていく一方だ。ずっとこのままというわけにはいかない。


「れいさーん、きいてますかー。」


 むにっとほっぺたを摘ままれた。太っていると気にしているパーツをわざと触るのはやめてほしかった。む、と拗ねてみせると彼は笑って受け流した。


「そろそろ転職活動もしないといけないなぁって考えちゃった。」

「まぁ、金はあった方がいいよな。」


 彼が隣に寝転んで、背中から抱き締めてくれる。こういうとき、彼の抱き枕みたいになる。身体が密着して、鼓動が高鳴っていった。

 どきどき煩くてかなわない。むずがゆいのだ。おまけに呼吸まで荒くなる。

 後ろを振り返ることがちっとも出来なくて、岩のようにかたくなることが限界だ。

 彼は、そういう私の反応をいつも面白がった。初心だとよく言われる。

 でも、だって、長い間、片想いだった。私の高校生時代、そして高校卒業後の人生、恋をしていたのは姿が見えてもみえなくなっても、冬本澪しかいなかった。そんな相手から与えられるときめきに簡単に慣れるわけがなかった。。


「まだ慣れないのかよ。もう一ヶ月経つってのに。」

「仕方ないでしょ、初心なんだから。」


 初心。認めてあげたら、彼は満足するのだろうか。それとも、もっと煽ってくるような返しをしてくるだろうか。


「怒ってる。」

「怒ってません。」


 後者だった。


「そう?まあ、冗談は置いといて、仕事の話なんだけどさ。」

「うん。」

「俺、今年一杯は考えたいから、やみくもに次のとこ探すのはやめにした。」


 彼が決めたことを否定する必要はなかった。だって私達は同じ時を共有する、他人同士だ。きちんと説明をしてくれる。それだけで十分に満足出来た。

 彼は付き合ってから、変わった。前までは隠すことばかりに気を取られていたけれど、これからはちゃんと全部報告しておきたいと言われた。

 百八十度、まるきり逆のことをされると、人は焦るものだと最初は感じた。

 連絡のレスポンスも圧倒的に早くなったし、どんなにくだらないことでも彼は返事をくれる。電話もかけた時に出られなかったとしても、その日の内には必ずかけ直してきた。


「分かった。」

「おまえもあんまり慌てずに決めろよ。俺は、おまえの考えを尊重する。」

「ありがとう。ふふっ、いい彼氏持ったかも。」

「だろ。」

「あんなに意地悪だったのにね。」


 べっと舌を出して言ってあげたら、眉を八の字にして苦笑を浮かべた。それから私達は気が済むまでゴロゴロと寝転んで、ベッドで一緒におひるねをして、ファミレスでごはんを食べた。二人してナポリタンを注文して、私ばっかり口のまわりにケチャップがついた。



 一月十四日 金曜日 天気 晴れ

 今日は冬本くんと付き合って一ヶ月記念日。彼の家に行った。清二くんへメッセージを送ったら返事がきたので、清二くんとは邪まな関係性じゃないって改めて主張しておこうと思ったし、私達を祝福してくれる清二くんの気持ちが嬉しくて、彼に返事の画面を見せたら妬いていて可愛かった。

 ごろごろお昼寝したりごはんを食べたり、特別なことは一つもしなかったけれどすごく満たされた。ナポリタンのケチャップを口の周りに付けちゃって、冬本くんに笑われた。ガキかよだって、でも拭いてくれたの。イケメンに。仕草がいちいち格好良いから、顔から火が出そうだった。

 一ヶ月前じゃ夢にも思わなかった二人だけの思い出が更新されていく…!

 すっごく嬉しい。

 水族館の日程も決めて、必ず行くんだ。


 結局、清二くんへの返事は帰宅後になってしまったけれど、遅れたことに対して清二くんは気にしていなさそうだった。(絵文字が、ほっこりとした笑顔のやつだったから、大丈夫なはず。)

 清二くんは今アメリカでお店を出す準備を着々と進めていっている。場所が中々決まらないのと、華那ちゃんが希望していたような内装の店舗を出すにはお金がかかるらしくてそこらへんにも頭を悩ませているらしい。私が役に立てるかは不明だが、華那ちゃんの夢を繋いでいこうと奮闘している友達の力になりたいと思った。

 何かあれば、なんでも言ってね。

 お世辞や嘘にもとれる曖昧な返事しか出来ないことが悔しくて、自分の無力さに凹んでしまった。



 一月十五日 土曜日 天気 晴れ

 水族館に行く日が決まった。一月二十一日。デートのために洋服とか靴、新しく買いたい。好きなブランドの公式ホームページをチェックしたりしてた。辞めてから思うけど、本当に一日があっという間に終わっちゃう。もう夜。二十四時間ってこんなに早く過ぎていっちゃうものだったっけ。



 一月十六日 日曜日 天気 晴れ

 くすみがかったブルーのベースに花柄のワンピース、ホワイトのショートブーツを買った。彼に可愛いって少しでも思ってもらえたらいいな。美容室の予約も入れた。



 一月十七日 月曜日 天気 晴れ

 彼の友達に会った。


「はじめまして、俺は楠竜也です。」

「はじめまして、おれは、荒木咲弥。よろしくね。」


 彼の日記に登場していた竜也くんと咲弥くんに会うことが決まったのは、今日の朝だった。彼に連れられて私は漫画喫茶に訪れた。ここには漫画が大量にあるだけではなく、カラオケやダーツといった設備も整っていた。

 一台のダーツマシン、そこに用意されている五人は座れそうなソファーに、二人が既に座っていた。


「はじめまして、間中玲です。」


 ぺこり。借りてきた猫のように縮こまりながら自己紹介を手短に済ませた。竜也くんと咲弥くんは二人してにやにや笑う。にやにやといっても、悪意や人を嘲るようなものではなくて、どちらかというと冬本くんを持て囃すような感じがした。


「こんな可愛い子捕まえて、中々やるじゃん。」

「うっせえよ。」


 はじめましてという挨拶が三つ並んで、終わる。店内が暗いといっても、竜也くんも咲弥くんもどちらも顔が整っていて、アイドルグループに居そうなほど、イケメンだった。類は友を呼ぶ。

 居た堪れない気持ちになった、イケメンとイケメンとイケメンと同じ空間にいるのだ。私は心拍数が上がっていくのを感じた。


「こいつらは俺の中学校時代からの友達。」

「格好良い…。」


 私の素直過ぎる感想。あ、やばい。ギコガコ、開発途中のロボットみたいな角ばった動作で彼を見上げた。絶好調に、不機嫌だ。


「ぷっ。くくくっ。」

「あはははっ、どんまい、澪。失恋じゃん。」


 竜也くんと咲弥くんがお腹を抱えながら大爆笑していた。冷や汗が止まらなくなって、今すぐ帰りたい衝動に駆られる。わ、わたし、お手洗い行ってくる。彼にこれ以上何かを言われる前に、駆け出した。

 あ、おい、玲。私の名前、怒気を孕んだ声が呼んだ。

 トイレに五分間くらい籠っていた。その間に二、三人が出入りしていった。手を洗いながら失敗だって溜息を吐き出した。彼に合わす顔がない。喧嘩にまでなってしまったらどうしよう。傷つけてしまっただろうか。様々な可能性を考え項垂れながら出ると、目の前に仁王立ちをして彼が待っていた。


「ご、ごめんなさい。でも二人ともすごくお顔が整ってて、でも、冬本くんが一番格好いいし、だいす、き…。」


 ぐい、と目一杯に彼が映る。どくり、心臓が馬鹿正直に跳ね上がった。ああ、やっぱり私が恋をしているのは紛れもないこの人だけだと痛いほど感じた。唇を柔く噛んで、視線を逸らそうとするのだけれど、玲、と彼が甘やかな金縛りを降り注がせて、もう駄目。


「ちゅーしていい?」

「ここで、するの?」

「うん、そう。」

「や、やだ。」


 ふるふる首を振ると彼はそっと離れて、ちぇっと舌打ちを軽くした。手を取ってそのまま歩き始める彼に、怒ってないか聞くと、おこってないよと抑揚をちゃんとつけて答えてくれた。


「俺が一番ならそれでいい。」


 竜也くんと咲弥くんたちのところへ戻り、四人でダーツをした。ダーツは初心者だったので、投げ方のフォームやルールを三人に教えてもらいながら、遊んだ。とても楽しかった。途中、彼が抜ける場面があり、竜也くんと咲弥くんと話をした。


「まさか、あの澪が彼女連れてくるなんておれビックリだったよ。」

「俺も。一生女作らないと思ってたけどなあ。」

「本命のって意味ね。」

「本命ってどういう…。」

「あいつ、昔荒れてたんだよ。玲ちゃんは、澪の家族の話は聞いた?」


 咲弥くんに問われ、頷いた。全部ではないかもしれないが、彼の家庭事情はそれなりに知っている。


「まあそういうのも影響してか高校一年の秋くらいまでは、だらしなくてさ。勉強とかはちゃんとやってたっぽいけど、夜な夜な遊び呆けて、色んな子と付き合ったりしてたんだよ。やっぱアイツ、イケメンだしモテてさ。」


 咲弥くんが腕を頭の後ろで組みながら、ソファーにぐでんとだらしなく座り直した。続いて、竜也くんが口を開く。初めて知った。高校生の頃の彼の恋愛遍歴。思えば日記にも恋愛のことについては殆ど書かれていなかった。


「アイツが自分の見た目どう思ってんのかよく分かんないけど、中学入った時点で上級生の女子とかもイケメンだって囃し立ててた。」


 書くほどでもないこと、だったのだろうか。それまでの彼にとって、お付き合いは特別なことではなく流れ作業のような。だとしたら、非常に悲しくて、叱りたくなった。相手の人に、失礼だって、頭をぐりぐりしてしまいたい。

 突如湧いた怒りに苛まれながらも、二人の話を最後まで聞くことに努めた。


「来るもの拒まず去る者追わずを徹してたね。おれが会うたびに女の子変わってて、でも、どの子とも長続きはしてなかった。澪が変わったのは、さっき咲弥が言ってたけど高校一年の秋。ぱったり誰とも付き合わなくなったんだ。ま、色々聞いてたりもしたけど。最初はそんな心変わりするくらいなのかと思ったけどさ、今日君が来て分かったよ。」

「好きなのか聞くと曖昧な返事しかしてなかった澪が、初めて俺と咲弥に紹介したいとか言ってきたんだ。」

「めっちゃ嬉しかったよ。やっと、出来たんだ、本当に好きな子がって。」

「おれらが知る限り、澪にとって君は一番に特別な子なんだと思う。だからさ、玲ちゃん。」


 澪のこと、よろしくな。

 二人とも、私に向かってそう言ってはにかんだ。類は友を呼ぶ、ほんとうに。

 その後、ダーツをしたり漫画を各々読んだりした。午前一時辺りになり、そろそろ解散するかという竜也くんの提案にみんなが賛成したので帰ることになった。

 家まで送ってもらう車内で高校生時代の恋愛について二人から聞いたと話を切り出すと、冬本くんは、それはもうバツが悪そうな顔をした。


「相手に失礼だよ。すごく、すっごく。好きでもないのなら、ちゃんと断ってあげるべきだったのに。私の時みたいに、理由つけて、断ればいいじゃない。」


 私は思い上がっていた。彼の恋人だから何を言っても許されて、時には彼を指導しなくてはいけないと、半ば私が母親代わりになるんだとでもいうみたい。だから平気でひどい言葉を投げつけたし、彼を困らせた。彼の心情など気にもかけずに、事実だけを見て判断をしていた。

 私の言い分は半分が正義で、もうはんぶんは偽善だった。

 家に着くまで、無言が続いた。車を降りる時、彼は小さな声音で反省するとだけ呟いた。私は、叱ったくせに、どう返せば正解なのか分からなかった。私は、本当に、馬鹿だ。


 一月十八日 火曜日 天気 曇り

 なんとなく気分が浮かなかった。原因は自分でも十二分に分かってる。謝らなければいけないことも。でも、上手く言葉が出てこなかった。彼からのメッセージにもそれっぽいことを適当に打ってるだけ。ぎこちなさが、消えなかった。

 このまま明々後日まで持ち越したくない。でも、どうしたらいいのか分からないや。

 こういう時、一番に相談したい人が、もう会えない。

 華那ちゃんに会って話がしたくなった。



 華那ちゃんは、好きな人が出来たらどうするの。

 え、と驚いた顔をしていたのを、今でもハッキリと覚えている。高校生になっても私と華那ちゃんは仲の良い幼馴染兼友達だった。幼いころから良いことも悪いことも、哀楽を二人で聞き合ってきた。時には感情移入してしまって泣いてしまう私が居た、その反対も。


「玲、好きな人が出来たの?」


 こくん。言葉の代わりだった。


「え、どんな人。同じ高校の人とか?先輩、後輩、タメ、どれよ!」


 興奮しきった猪か獣のような爛々とした瞳で詰め寄る彼女は、昔から肉食の傾向にあったのかもしれない。私は、そうしたらシマウマかシロオリックスがいい。


「同じ高校の人で、年齢もおんなじ。彼に数学を教えてもらってるの。」

「えー、何それメッチャ最高じゃん。てか、彼って。彼って、マジ、もうメッチャいい感じじゃん。二人きりで教えてもらってるってことでしょ。いいなあ、青春しちゃってるんじゃん、いいなあ。玲が、そっか、玲が恋しちゃうなんて。わあ、感慨深いわあ。」


 早口言葉を言い放つスピードから、娘が嫁入りする時の親のような目線でうんうん頷き噛み締めるような口調に移り変わっていった。華那ちゃんの感情の分岐は、やっぱり、猪並みに激しい。

 その日は、二人で近所に出来たカフェに行っていた。華那ちゃんはイチゴの載ったパンケーキを頼み、私はグレーズドーナツを二個注文した。

 店内には制服を着た女子がちらほらと居た。老夫婦や、年上に思える女性客もいる。流行りのポップ音楽がBGMとしてほんわりと音量控えめに流れており、居心地のいいところだった。


「いや、そういういい感じではないよ。ただのクラスメイト程度にしか思ってないとおもう。」

「二人でどっか行ったりとかは。」

「ない。」

「ふうん、でも連絡先はさすがに知ってるでしょ。」

「知ってる。たまに連絡したりすることはあるけど、会おうっていうのは、ないかも。」


 じゃ、これからだね。始まるね。ぱーっと。私の、この女の勘が働いてる。あ、玲ったら疑っているんでしょ、でも残念、結構当たるんだからね。

 パンケーキにたっぷりと生クリームを纏わせて彼女は、自信満々に言った。私は、華那ちゃんが羨ましいと思っていた。彼女のようにもっと自分に正直で、肉食になれていたら、猪突猛進の勢いを保ったまま冬本くんにアプローチを沢山することが出来ていただろうな、とか。


「華那ちゃんは最近どうなの。いい人とか、誰もいないの。」


 テーブルに前のめり、興味津々に聞いてみるが、彼女はげんなりとして首を横に振った。


「それがぜんっぜん、居ない。」

「そっかあ。」

「私の理想の王子様、何処にいるんだろ。」

「あははっ。あ、もしかしたら日本には居ないかもね。ほら、外国で、とか。」

「えーそんなことある?」


 そんなことあったね、華那ちゃん。あの頃は思いもしなかった。アメリカに渡って、シルバーリングをお揃いにしちゃうくらい想い合える相手が居たんだ。

 季節はどんどん進んでいって、私を置いたまま華那ちゃんは、どこまでも果てのない空に消えていってしまった。

 私だけならまだしも、お母さんやお父さん、清二くんまでも、そして彼女自身の意思も夢も。交通事故の仔細を私は知らないけれど、どちらにせよ、喪われた命はもう元には戻らない。


「玲、私が思うに当たって砕けろ。そんで砕けたら、私が盛大に慰めてあげる。なんでも奢ってあげる。だから、食べよ。腹が減っては戦は出来ぬ!」



 腹が減っては戦は出来ぬ。



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