一月三日(復路)
ボランティア二日目。最終日。
十区の応援地点の最寄り駅は品川だ。
この日はテレビで箱根駅伝を見てから、出発した。最後に見たときも、順位は一桁だったと記憶している。十区ともなると、ゴールするのは十四時頃だ。余裕がある。
集合時間も十一時くらいだった。昨日よりボランティアの人数は多い。
Sちゃんは引き続き、同じ地点で応援している。私の知り合いは十区にいないため、人見知りにとって絶体絶命の状況だった。
だが駅伝ハイとなった私は、人見知りの特殊効果・『初対面の人は平気』を発動させ、他学部の女の子と待ち時間に話すことに成功した。吹奏楽部、と言っていた気がする。
この日も幟の組み立て作業があった。アドバンテージがある腹積もりで、やる気マンマンだったが、私は幟を組み立てなかった。
応援グッズのバルーンを、沿道で足を止めた人に配った。二つのバルーンをバンバン!と合わせると、大きな音になる。
突然大学生から押し付けられたグッズにより、弊学とゆかりのないだろう一般の方も、これで赤紫集団に仲間入りを果たした。ありがたいことだ。
昨日と同様に、応援地点を走る選手の名前を覚えてある。昨日と違ったのは、ある職員の方の提案だ。選手が通ったら、その選手の下の名前を叫ぼうと提案した。
なるほど、それは選手も発奮しそうだ。十区には下級生がエントリーされていたから、私が名前を呼び捨てにしても心理的抵抗はない。
ところが一時間前になって、職員の方が「違う選手が走る!」とスマホから顔を上げた。
陸上競技部の監督が、十区を走る選手を変更し、四年生が走ることになった。ルール上、選手のオーダー変更は、往路および復路スタートの一時間前まで可能だという。
当日のエントリー変更は他校に情報を伏せたり、当日の選手の状態を見て起用できたりと利点も多いのだが翻弄された。味方なのに監督に翻弄された。
上級生を呼び捨てすることになってしまう。
どうしよう、と戸惑いながらも、我々と沿道で待機していた一般の方にも、エントリー変更の事実を伝えて、応援する体制はまた整えられた。幟は別の人が持って、私の視界は拓けていた。ゴール地点の付近ともなると、他大学の幟も多く、歩道橋から駅伝を見ようとする人も多かった。
熱狂の渦は近くに迫っている。
最初に通過した選手への声援を皮切りに、あちこちで「がんばれー!」と応援が始まった。
四年生の選手は、十位くらいの位置で走っていた。一人、また一人と走り抜けていくうちに、私の中のボルテージも上がっていく。
大学の垣根を越えて、全ての選手を応援したい気持ちになっていた。私が暖房の効いた部屋でぬくぬくとくつろいでいる間に、彼らは走っているのだ。寒い日も暑い日もたくさんたくさん走って練習するのだ。
その努力の全てを知ることはできない。練習の成果を発揮できる選手も、発揮できない選手もいるだろう。私は何も知らない。就職活動のため、と軽いノリでボランティアを志望しただけだ。ただミーハーなだけだ。
それでも、こんな格好いい姿を見せられたら、肩入れせずにはいられない。応援せずにはいられない。
……と、熱くなっていた。
私はうちの大学のアンカーが―――四年生の選手が目の前を走ったときに、思い切り叫んだ。黒を基調とするユニフォームに、朱色のボーダーが綺麗に映えた。
「
彼は走りながら、首を動かして私を見た。目が、合った。
この一瞬。この一瞬が、カラー写真のように鮮やかに残っている。
私は箱根駅伝ボランティアとして声援を送っていても、自分の言葉が相手に届くと想像したことがなかった。
これまでもそうだった。ずっと一方通行のままだと思っていた。
彼があの瞬間、何を感じていたのか知るすべはない。見知らぬ女の声に、反射的に反応したに過ぎないのかもしれない。
たくさんの中の一人に過ぎなかったけれど、だけど私の声は確かに届いた。
なぜだか泣きそうになった。帰りの電車で何度も何度もあの一瞬を反芻した。
箱根駅伝の季節になると、毎年思い返すようになった。
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