一月二日(往路)

 ボランティア一日目。

 冬の朝の冷気を頬に感じながら、道を歩いた。家を出る時間が遅いとはいえ、家から四区の応援地点までが遠いので、早い時刻には変わりはなかった。許容ラインだ。

 最寄り駅から山手線に出て、池袋で湘南新宿ラインに乗り換えた。湘南新宿ラインに乗るのは初めてだった。車窓からビル群がぐんぐん遠のき、山の稜線が見える。

 新鮮な眺めだった。

 電車から降りるときに、開閉ボタンを押した。これもあまり経験がない。

 大学側から渡された地図をたよりに、集合場所に着いた。私はいちばん最初に着いていたと思う。ぼちぼち、Sちゃんや、大学職員が合流した。


 四区で応援する地点はなだらかな上りだった。山々とそこかしこの家々の屋根が遠くまで見渡せた。

 四区は平地の最後の地点で、難関の山登りとなる五区に向けて、いかにいい位置で繋げるかがカギになる、らしい。

 しばらくすると、一台の車がやってきた。そして車のトランクから、縦長の大きな布と棒が降ろされた。幟だ。

 幟は成人男性以上に高く、車に収容するにはバラさなければならず、そしてバラしたからには、組み立てなければならない。棒は伸縮性があり、びよーんと伸びた。その棒に布をくくりつけていく。

 私はこのような作業が不得手でへどもどしていると、Sちゃんが手伝ってくれてすいすいと終わった。後輩に立つ瀬なし。

 幟を組み立てると、やることは少なくなる。Sちゃんと「寒いね」「寒いですね」のやり取りを何往復もさせたり、スマホで我が校の現在の順位を調べたりした。現地ではスマホ以外から情報を得られない。調べると「なんだか例年より速い」と分かり、気持ちがアガっててくる。

 当時、うちの大学はシード権―――総合順位で十位以内に入れるか入れないか、の順位だった。総合順位とは往路の順位と復路の順位を合わせた順位だ。シード権内に入ると来年の箱根駅伝へ予選なしでの出場が約束される。

 十一位以下の大学が、箱根駅伝に出場するためには、過酷な予選会を勝ち抜かなければならない。

 三区を区間六位で我が校の選手が通過したと聞き、我々は色めき立った。

 そろそろ準備をしようと、幟を二つ三つ立てた。私やSちゃんよりも丈が高い。幟の隙間から、視界を確保することに苦労した。

「もうすぐ来るぞ!」

 職員の方が叫ぶ。

 私とSちゃんは幟の間から顔を出し、我が校の選手が来るのを待ち構えた。

 さて、ここで仔細に描写ができればいいのだが、選手はものの一瞬で通り過ぎていった。速すぎるのだ。マジで秒だ。短距離じみた速度で十数キロを走っている。

 私がマラソン大会で走ったへろへろの走りとは、レベチすぎる。


 呆然としていると、気付けばボランティアの集まりは解散していた。 

 そして、私はSちゃんと少し散歩した。海っぷちをぶらぶらと歩いた。

 海が見えると無性に叫びたくなる衝動に、名前はあるのだろうか。

 こんなに景色がいい場所に住んでいるSちゃんが羨ましかった。

 Sちゃんは私と同学部の一年生だ。彼女はとても真面目な子で、授業中は必ず一番前の席に座っていた。一年生ながら、二年次対象の公務員養成講座にも顔を出していた。絵も上手い。

 Sちゃんは親戚が集まっていると言い、ほどなくして別れた。

 この数年度、Sちゃんと他愛のない話をして、海辺を散歩したことを何度となく思い出すことになる。話した内容を覚えてないのが惜しい。

 帰りの電車の中で調べると、五区を走った選手が区間一位のタイムを叩き出し、往路を三位でフィニッシュしたことを知った。

 大学の最高順位を更新した。

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