第3話 出逢い

小生が心の傷を慰めている頃、分身は少年の想い人の元へとたどり着いていた。想い人の家は少年の家から南西へと幾ばくか向かい、道中、御上橋という小さな橋を越え緑々しい果樹園を過ぎ、暫く進んだ先にある。

辺りは雪が降り積もっており、白々とし、月夜に照らされてるかのようにぼんやりと明るく、人気の少ない物静かな場所である。

そんな中に白で統一された教会かと見間違う様をした家がポツリとある。

そこに住んでいるのが少年の想い人である。

小生は中へと出向き、そして、彼女と出会った。

人の容姿に違いがあるように、我らも容姿に違いはある。

少年よ。感謝しよう。

想い人の処で出会った彼女は、どこか古風でありながら新雪のごと色白く、その容姿はモダンを追求せしめるとこうなるのせはないかと思わせるような洗練美に溢れている。

正直人の容姿の美についてはあまりわからないが、主人に似るという言葉を信じるのなら、想い人は美しいのであろう。

小生が何だか胸の奥がむずむずするなと感じていると、彼女がこちらを向き、

「あら、お初にお目にかかります。お手紙でしょうか?」

と言う。

その一言一言には新雪をそっと踏み分けるような優美さが感じられる。

お声までも美しいとは。これは大抵の物ならたじたじになってしまうであろう。

「ええ、我が主からの手紙を預かって参りました。どうぞ貴女の主様へとお渡しくだされ。」

小生は努めて凛々しく答える。

その一言一言には新雪に震える子狐のような弱々しさが感じられる。

む。これはいかん。どうやら小生に似合わず、少しばかり緊張をもよおしているようだ。

「まあ、お声が震えていらっしゃいます。どうしたのでしょうか、御辛いことがありましたら、こんな私めでございますが、御話し相手になりますが。」

「何、少しばかり冷えますので」

「お寒いのは苦手で?」

「寒いのも暑いのもですね。」

「良かった。私と御一緒です。」

こうして、小生と彼女はしばしの会話をを堪能した後、少年の元へと戻った。


あれから、少年と彼女は幾度か連絡を取り合った。少年が小生からの文を参考にしていたようなので、小生は文を送り続けた。

いよいよクリスマスイブ前日となった今日。世間において 恋人同士は互いの距離を数センチに縮め、恋人未満友人以上の人々はその距離をメートルからセンチに、完全なる愛国者はその距離をキロメートルに離すべく全力疾走に励む。 そんな中、少年はかねてからの恋心を成就させるべく、想い人へと逢う約束を取りつけようと誘いの文を書いている。

文面を修正し、書き、また直す。幾度か繰り返し、ようやく、自分が満足するような文を書き終えれることができたようで、安堵の表情を浮かべる。 そう、なんとあの「優柔不断」を単身我が物にしていた少年がついに己が胸のうちをさらけ出そうと言うのだ。

今回の務めはこれまでとは重大性が違う。あの、うだつのあがらなかった少年が遂にその胸に秘めたる想いを打ち明けるというのであるから。

一従者として、些かの失態も許されないのである。小生が少年の命運を握っているのである。

それから小生は想い人にまさに恋文を渡す大役を果たすべく外へと飛び出した。


想い人の住む純白な教会、もとい、家へと訪れる。想い人へと文を渡す。

普段ならここで麗しの彼女と一つ二つ世間話をするのだが、此度はこれまでとは重みが違う用件だったため神妙な面持ちで、少年への返事を待つつもりである。

「どうなさったのですか?いつものように楽しいお話をして下されないのですか。」

彼女は少し落胆したように話す。

「申し訳ありません。此度は重要な用事ですので。」

小生がいかにもな雰囲気をわざわざむわっと出していたため、彼女は「ああ。成程です。」と微笑み、それっきりお互いに神妙さをぶくぶくと充満させることに徹した。 暫く、神妙さを充満させ、空気の構成要素が「神妙」に大部分が占められるという、まさに息苦しい空気になる頃になっても、まだ想い人は文を見たまま動こうとしない。


むう、如何様にすべきか。

小生としては、少年の誘いはいと二つ返事で承諾してもらうと、この大役を

務めたかいがあるというものだが。 しかしどうも少年らは知り合って間もないらしい。学校も違うという。

となれば、文のやりとりは度々行っていてもいざ、逢うことを考えると躊躇うのも仕方がない。 だが、あの生真面目かつ、個体が優柔不断により成り立っている少年が勇敢にも、女性と逢って気持ちを伝えようとしているのだ。

同じ男、応援する物としては、その恋路が完歩、いや、せめて逢っていただきたいところであるが…。 小生がうんうん唸っていると、モダンな彼女は我に名案ありといった風に目を輝かせて言った。

「私にお任せください。」

「郷に入っては郷に従え、おなごであればおなごに従え、と言います。」

こうして、彼女がとった方法は想い人の友人へとこの状況を伝え、想い人の気持ちに踏ん切りをつけさせるという一端の従者がやってよいのかと疑問に思うことを平然とやってのけたのであった。

想い人は、その友人とごにょごにょと相談し、そして、その結果想い人はどうやら少年と出逢うことにしたようであった。


昨夜の話し合いの結果、今日、クリスマスイブという日本を愛してやまない純粋なる愛国者にとって、最も心労を患う日、ついに、念願叶いて少年は想い人と出逢うことになっている。

無論、少年は己の気持ちを打ち明けるために昨夜のうちにより正確に、ヒロイックに胸の内が伝わるように小生と戦略を計していたのは言うまでもない。

小生と少年の二人の円卓会議の結果、ありとあらゆる状況に合わせた告白文章が小生の手元には記載されている。

だが、残念ながら小生は人に対して恋愛感情を抱くわけもなく、また、少年はこれが初恋と言うのであるから我らの計略は虫食い状態となっている。

そのため、ありとあらゆる状況に対し、ただ一言「好きです」と陳述いたそうというのが昨夜の会議の結果である。

何事も直球好むべし。

本日クリスマスイブ当日。周囲には男女の番がここぞとばかりに町へと赴き二人の将来について周囲を見限り、とくと語る。今日まではこの少年も傍観者であったのであろう。しかし、今日は少年よ、そなたもあの群衆へと飛び込むのだ。

少年は、今駅を二つまたいだ全国区展開が行われているデパート玄関口前にて今か今かと彼女が来るのを小鹿のように震えながら待っている。少年の今日の計画はデパートにておそろいものを買い、今宵、デパートの屋上から近場の川で行われる花火を共に眺め、雰囲気も絶好調となったときにその胸の内を打ち明けるという、古今東西ありとあらゆる麗しき女性たちの理想的告白手法である。さて、小生はこの甘ったるい雰囲気にのみ込まれてはいけない。この日は傍らで草履を懐で常に温め続ける従者のごとく少年の一挙一動に気を配ると心に決めてきた。

幾分か性悪なひねくれている時計ならば、デートだと、気に食わん、さあ待ち合わせ場所に遅刻してしまえと時間を遅れさせるであろうが、小生は違う。

そら、少年よ。もうすぐで、赤裸々な体験集が繰り広げられるであろう。心の準備はよいか。


どうやら少年は彼女を遠目から見つけたらしい。この寒気の影響から、歓喜からであろうか。りんごのように頬を赤らめたようすを

小生はこっそりと隠し撮りをすることにした。いつの日か、少年が小鹿から立派な鹿となったときに、この写真を見返して恥ずかしがる

様子を思い浮かべて小生は愉快な気持ちが沸々と湧き出るのを感じるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

mailbox-ver.men- kiritubo @black551

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ