第2話 送信
小生は少年の家へと向かう途中、少年を監視しておくことにした。というのも、中には小生たちを只の道具扱いするものが多く、罵詈雑言をかきつらねるだけならまだしも、ところ構わず投げつけるようなものいるとのこと。
げに恐ろしきことである。
…まあ、今のところ問題は無さそうな純朴そうな少年であるが。いつ「すくらっぷ」なるものになるかわかならないため油断ならぬが。
少年の家は一軒家の木造建てとなっており、屋根は黒の瓦を用い、そこそこといったところであろうか。よく見かけるような家であるな。
今、小生が疑問に思っていることは何故急に携帯電話を渇望しているのか、である。
少年は今時の高校生には珍しくこれまで携帯電話を持っていたことはないらしい。
それなのに何故急に欲しいかと思ったのか。
ふいに携帯電話が欲しくなるとしても何らかの理由があるはずである。
例えば、家族間での連絡、友達との連絡、あるいは…。
む、何々。この連絡先を登録すれば良いのだな。少し待たれよ、今小生の登録書へと記入しよう。
おや、何やら氏名が女性のようである。名字も少年とは異なるため家族ではないようだ。
…どうやらこの女性と連絡を取り合うために小生を購入したようであるな。手に何やらアルファベットが欄列されたメモ帳のような物を持ち、緊張しきった、だがどこか嬉々としている表情である。森羅万象すべてを知りうる小生ならこれ連絡先の女性に少年がいかような感情を抱いているかは容易に知り得る。
ほぼ間違いないであろう。これは恋というやつだな。
成程、この少年はどこか臆手であるから、直接話すのは緊張して上手くいかない。そこで、連絡を取り合い少しずつ外堀から埋めていこうという魂胆であるな。
よし、わかったぞ。大船に乗ったつもりでいるがよい。
全てはこの恋慕の道を闊歩し続けた小生を見出した時からそなたの恋愛成就は万事解決すると仏の因果により定まっていたのである。
そうと決まれば、さあ小生に文を渡すがよい。小生が責任責任もってそなたの想い人に届けてしんぜよう。
憮然と小生は少年が文を渡してくれるのを期待していたのだが、どうも少年は今一歩を踏み出せないようで、先ほどから何度か文面を記すのだが、うじうじと小生に手渡すことはない。
ええい!何をうじうじとしているのだ!
ならば、小生が手紙を書き文を手渡してこようぞ!
興奮のあまり、小生が手紙を書き連ねようとするが、それでは少年の心がこもっておらず、ただ小生が赤裸々な文を書くのみとなってしまう。
むう、ここは少年自身が自分で書かなくてはならない。小生はあのうじうじとした少年の心を揺さぶり、少年が想い人をクラクラさせるような、かの有名な「恋愛辞書」の一節を飾るにふさわしい文面を考え付かせるには如何様にすべきかとしばらくのあいだ思案することにした。
思案から数刻たった頃であろうか。食事であると、部屋から出たまましばらくかえってきていない。
主はあれこれ迷っている今だ浮かぬ
顔をしたまま、恐らく今もああだこうだと頭を焦がしているに違いない。仕方がない、これも我が主を輝かしい桃色の恋道のため、我が秘伝たる極意を用いようぞ。
ふっと、息をひとはく置き、心体へと
気を充足させる。
途端、体から黒いもやがにじみ出り、空気中へと散乱し出す。
もやは徐々に人型を形成してゆく。
こうして作り上げた小生の分身へと指令を送る。
「よいか、今我らが主は恋の障壁にはさまれ、その御身を苦しませておいでだ。そこでだ、一つ力添えをしようではないか。
どうするだと?
何、簡単だ。この恋をあらば小生の右に出るもなしと、元いた処では大いに頼られていた身である。その恋の賢者である小生の知識をちょびっと主へと伝えればよいのだ。
さあ、この文を携え、少年へと伝えるのだ。
」
すると、黒いもやは少年のパソコンへと吸い込まれていった。
こうすることで、少年が後でパソコンを開いたときにでも我が秘伝の恋愛規律を記された文を閲覧し、その極意に感嘆とし、落涙せざるを得ないであろう。
しばらくすると、主が未だ浮かぬ表情のまま自室へと戻ってきた。一つの恋に飯も通らず、常に、寝床へと向かいしも、想い人のことが脳裏から離れず、心中をかきみだされる。
それほど辛きことであるのに、恋を致すとは、やはり人は興味深いものである。
だが主よ、安心せよ。そなたは運に恵まれておる。
この子房たる小生が側へと使えているのだから。
小生は少年がその神々しささえ感じられる白々とした文面に感嘆とするはずである。
うなだれた表情のまま少年はパソコンへと向かい電源をいれた。そして、
「あ、また迷惑メールが来てるよ。うっとうしいな。」
その一言で一蹴である。
何てことであろう。どうにか役立てようと、文を書き連ね、それをどこぞの知らないものの厄介な奴と一緒にされようとは。誰かこの落涙を止めてくだされ。
幸いにも、題名からいかがわしさが感じられず、いかにもなリンクも張っていなかったからか、少年はとりあえずは見ていており、どうやら、その内容を参考にしながらメールを送るつもりである。
しかし、この件に関する小生の心の傷は誰にも埋めることができないほどに深く彫られることとなった。
こうして手渡された文を携え、小生の分身は寒々とした夜空へとふらふらと泳いでいった。
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