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kiritubo

第1話 出会い

諸君、物には魂が宿うとは聞いたことがないだろうか。これは古くからの伝承であり、昔からよろづやのかみがおり、唐笠お化けや、人形に魂が宿い、夜な夜な長髪が絨毯のように部屋一面に広がったりと、奇妙な現象、妖怪が言い伝えられている。無論、そのような話はいんちきで、考慮するにもあたらない。子ども話だ。と、口を突っ張り論じる無粋な輩も多いことであろう。小生はそのような考えはいささか短慮であると伝授しよう。何せ、今回の語り口は、小生、携帯なのであるから。


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携帯とは何ぞやと問われれば諸君はすぐさま答えを見出すだろう。そう、その手に持つものである。

小生たちはそれは大したものである。この浮世の大きな歯車であり、小生たち無しではこの世が廻ることは考えれぬほどである。

小生の仕事は誠に簡潔である。人々の思いを伝える媒体。ただそれだけである。だが、この仕事、簡単ではあるが、肩にかかる重みは重い。

何せ小生が動かなければ、人々は互いの意思を相通することすらままならず、揚げ句、仲違いを起こすのであるから。

以前出逢った知人が言うには、ある一組の男女の誹謗が書き留められた文を互いへと、何度も渡し続けることに心身ともに疲労し、果ては、彼の持つ予測変換帳が罵詈雑言によって埋まってしまったのである。

なんと酷なことではないか。その身を捧げし主人に裏切られ、汚されてしまったのである。同士として許しがたい事であるが、残念なことに小生の身体ではその主人に相まみえることも叶わぬ。くぅぅ。悔しいかな。

些か、興奮止まぬ小生であるが、小生も、かつてはどのような主に出逢うのかと、心の暗雲は増すばかりであった。今の主と出逢ったのは大雪の候を少しばかり過ぎ、北風が吹き、雪がさんさんと降り積もる時期であった。当時、小生は携帯ショップと呼ばれる奉公先に勤めていた。

小生は他の同士が次々と主に巡り合っていくが、未だ主を見つけだすことは出来ていなかった。

焦燥感が次第に積っていった。

「何故、小生が主に巡り合わぬのだ。全くわからん。小生ほど優れている物もいないだろうに。」

そう小生がうんうんと頭を悩ませ、愚痴を紡いでいると、隣から口やかましい声が聞こえた。

「何だ、まだそんなことを言っているのか。お前さんは俺と同じ"旧型"というやつなのだよ。今は俺達みたいな古びた携帯なんて興味がないのさ。何せ、今は"スマートフォン"とかいう奴が頭角を現してきたっていう話だ。」

小生が古いだと。こやつさては、身体のどこか壊しているのではあるまいか。そうではなくては小生のようなこの黒光に輝き、洗練された身体を有し、何万もの人に愛されてきた物を古びたとは言いまい。


…一昔前の話とは言いまい。


それよりも今はその"スマートフォン"とかいう生意気な奴が気になる。一体何が凄いというのだ。自分の名に横文字を使うとは。全く許せん。それでも日本男児か。

「阿呆かお前は。小生のどこをどうみてそのような陳腐な考えを見いだすのだ。お前が阿呆なことは常よりわかっていたことだからこの際、もう気にすまい。

それよりも、なんだそのスマートフォンとやらは。何だか生意気そうだな。」

小生の忠言を意に関さずといった様子で、呆れた表情で、喋り始めた。

「阿呆はお前さんだろうに、全く。どこからその自信は出てくるのやら。

スマートフォンのことかい?あいつは凄いね。俺たちみたいなポンコツとは違うさ。次世代機というやつだね。」

何と!今度はポンコツと言うたな!

ええい、このような無礼者は即刻破棄されるべきである。人よ。こ奴は不良品である。

今すぐ、切り捨てい!

小生が身体を滾らせ、胸の内からごぼごぼと湧き上がる激情を口から吐き出していると、奴は臆面もせずに話を続けた。

「まぁ、そうかっかなされるな。こいつは時代の流れというものさ。俺らみたいなのは次第に廃れていくってもんさ。

ほら、俺らだって今時のストラップやら、新宿あたりの電源は他とは違うなとかよく話すだろ?そんなものさ。

お前さんだって、一度でいいから東京の電気を味わいたいとか言ってたじゃないか。」

むう。確かにこ奴の言うことも一理ある。そこら辺のおんぼろアパートのさびれた四畳半の電源を味わうより東京都の一泊4万の高級ホテルの

電源を存分に味わってみたいものだ。諸君もその味の違いがわかるであろう。

奴はまだうだうだと喋り続ける。

「ってなわけで、お前さんももう少しリラックスして気楽に生きなよ。」

だが、こやつの口車に軽く流されてはいけない。このように他者に呪詛を吐きつけ、己と同じ悪鬼へと引き込むのである。

小生の今の使命は一つ。この悪鬼をこらしめ、諸君に小生は決してポンコツなどではないということを見せつけることである。

「ふん、うぬはずっとそう言ってそこにいるがよい!貴様のような口車に小生は乗せられと思うたか!小生は必ず主見つけてせんじよう。」

小生の決意を奴はあらあらと呆けたこと言い、それからは互いにただただ黙するのみであった。


奴との愚論から数日ほどたった頃、雪も段々とその高さを積み重ね、外へと出るのも億劫になるこの頃。

未だ小生は主を見出すことは出来ていなかった。

あれから奴は、小生をおちょくることを日々の日課にしたらしく、たびたび「おや、まだこちらにおいでですか。なんだかんだで貴方もここがお好きですね。」等と臭みがかった口調で嫌味ったらしく言い放つ。

なんと、なんと憎たらしい奴なのであろうか。並みの物ならば思わず落涙しぜざるをえない場面も多々

あっただろう。しかし、小生はあのような悪鬼に決して屈することはなかった。


世間は所謂クリスマスムードというやつであった。人も動物も、男女が共に集い、互いを想い、恥じらい、より一層互いの距離を縮めあう、恋の季節である。商売繁盛大盛り上がりで御の字の季節とも言う。

小生とて、クリスマスのあの独特の胸の内から来る高揚感は毎年なんだかんだで好いていた。残念ながら番となるような方にはまだ巡り合えていないため、その高揚感は暴落の一途を辿るばかりであるが。

小生の奉公先においてもその絶好の商業の波を逃さまいとあれこれと「カップル定額キャンペーン」やらせっせと、準備を労していた。

その現金なキャンペーンのためなのかは解らないが、普段よりも人が携帯ショップへとよく訪れた。しかしながら、世界七不思議に選抜されても何らおかしくなほど、おかしいことにその浮いた雰囲気の中でさえも小生をお気に召す人はいなかった。

何故である。あやつが主を見つけられないのは理解できる。あやつはむしろ、人に見出されることになると、途端眠ったふりをし、誰も彼も困らすことになるであろうから。それほどなまくらな奴なのであるから。だが、この純朴な小生が見向きもされるのは納得できぬ。

さては、何らかの陰謀なのではないであろうか。

こんなとき真っ先に脳に浮かび上がってくるのが誰かは諸君も想像しがたくなかったであろう。

無論、小生は奴を裏幕と決めつけ、問い詰めたのだが、奴は憎たらしい笑顔で「お前さんはそんな風に疑いやすいから見向きもされないんでしょうか。」等と言われ、無残にも言いくるめられてしまい、無意味に精神的に疲労してしまっただけであった。

そんな風に小生が暗れ惑い、心労を患っていると、齢は高校生であろうか、やや細みがかった純朴そうな青年が小生の奉公先へと訪れた。優秀な諸君らならばすぐに見当がついただろうが、言わずもがな、後に彼が小生の主となる者であった。


彼は眉へと少しかかっている黒髪を少し雪で濡らしおり、どこか緊張しているような表情であった。


小生の上役である店員が客受けしそうなほくほく顔で歓迎し、「なにかお探しですか。」と訪ね、最新機種のスマートフォンの説明をし出したが、彼は少し吃りながら、そんな最新のじゃなくて、安くてもいいので携帯を購入したいのですけど、と返答した。

すると、店員はそうでございますかと店の中でも隅の方で陰鬱な雰囲気が漂っていた小生達の居住空間である「廃棄工場」へと向かった。何故このような不名誉な名が飾られたかは全くもって小生も許しがたいところであるが、そもそも呼び始めたのはあのスマートフォン達である。

生意気なスマートフォン達が「あそこは俺達の墓場だぜ。見ろ。あんな湿っぽい空気、廃棄工場と何が違うってのさ。」等と失敬な事を言い合っているうちにその名が冠付けられたらしい。

やはり生意気であったのだ。

だが、そのような無礼な物言いも今日までとなるのだ。何せ彼の安価という条件に合う携帯電話は小生たちにしか叶えることができないからである。

小生たちは大いに盛り上がった。

そんな中どうも彼は黒色の携帯電話を要望していたとのことで、小生は俄然、気合いが入った。

無論、聡明な小生はこの様な機会をむざむざ見逃すような男ではない。小生は条件に合わず消沈としている皆へと声を大にして呼び掛けた。


「選ばれないと承知した物はさぞ打ちひしがれる想いであろう。

だが忘れてはいけない。

我らは一切の容赦も与えられず、今来までに幾重にも中傷を被ってきた。だが、それも今日までにしようぞ!

今は、小生が貴公らの盟主となり立ち上がって見せよう!

さあ、心身ともに震わせ!今こそ彼の生意気な者どもに我らの雄姿をまざまざと見せつける時であろう。

今に至るまでの一切合財、堪え難きを堪えてきたのはこの須臾のため!

物共、反撃の狼煙をあげるのだ!


先ほどまで意気消沈としていた物共は皆一転とし、今来までの鬱憤を晴らすかのように音吐朗々に鬨の声をあげる。こうして小生は、決して抜け駆けをしようとしていることを露呈することなく、表面上は皆の盟主として、彼の携帯電話へと立候補することに成功した。こうでもしなければ、奴らは必ず小生の邪魔を企むはずであった。主にあの悪鬼を中心とし。


こうして、小生は皆の声援に後押しされるように彼の手へと渡ったのであった。

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