第3話
カレーがなくなりはじめ、また何か物音が鳴った。「あっ、帰って来たんちゃう?
玄関を見てきて」とたのむと、その子は階段まで行って、またすぐに戻って来た。
「どうやった?」とたずねると、その子は、「ちゃう、雨」と言った。
え?と思い、窓をのぞくが、雨は降ってない。「雨なんて降ってないよ」と言うと、
その子は、「雨」と言ったまま、何かを表現したそうにしていた。何かの物音はしていた。なので「さっきから、誰の足音がしてるんやろうなあ」と言うと、その子は、「雨、雨の足音」と言った。
雨も降っていないのに、謎の足音が聞こえるだけで、「雨の足音」と名付けるのは、短絡的ではあるが、僕ら、大人は決して使わない表現だ。
いくら、もっと遊んでいたかったため、時間を長引かすために使ったものとはいっても、それは言葉を知らない三歳児特有の、大人なら普段、絶対用いないような表現だった。この時期の子だからこそ、こんな言葉を使うが、この子も大人になると、今日の思い出を忘れてしまう。
こんなにもきれいな表現を、遊びを延長させるためだけに、知恵を使ったのである。僕にはもうこんな遊び方は、絶対できないだろうなと思い、その子をうらやましく思えたくらいだった。
そう考えると、その子から「愛」をもらったような気がして、なんとも言えないうれしさと、そして自分の普段の不甲斐ない毎日を申し訳なく思えた。
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