第5話


                 5


 ピンポーン......。


 伊奈家の玄関のチャイムが鳴り、ドアを開けたと思ったら、スレンダーな美人が血相を変えて、伊奈家の両親への挨拶もそこそこに、階段を急いで上がる音がして、純一の部屋に近づいてきた。

 そして、純一の部屋のドアを開けたと思いきや、開口一番。


「ジュン! 私の妹に何やってくれちゃってるんだ? あぁん!」


 最後の “あぁん” は、ちょっと怖かったが、純一はいきなり入って来た美成の姉の逢 に、言い返す。


「逢さん。 入って来ていきなり又こんな事ですか? 昨日も強制的にオレと美成をくっ付けようとして、俺の気持ちを全くの無視状態じゃ無かったですか」

 純一が言い返すと。

「ぐ......」

 逢は一瞬たじろいだ。

「また同じ事を三人で、繰り返す訳?」

 そう純一が強めに反論すると。


「じゃあ、美成の気持ちはどうなるんだ?」

 全く昨日と何変わりない状況になりそうだ。 

 純一はこんな事を連日繰り返す無限ループは、無駄な時間と思い。


「だいたい朝一に、いきなりオレの所に来て、姉妹で言い寄られるのも、すごく迷惑なんだけど」


 さらに強気の言い返し発言に、勢いめいた逢が、少し冷静になる。


「...そ、それは済まないな......、迷惑だったな。だが、昨日の様に、ハッキリしないで何となく解散した事に、私はいささか、喉にモノが挟まったままで、何ともスッキリしない気分なんだ」

 ああ、そう言う事かと、純一は思い、こんな美成に対しての状況はいつまでも続けている訳にはいかないと思い。 


「なら、ココで美成の事をハッキリ言います」



 この純一の言葉に、女子三人は純一に注目する。





「オレ、美成とは付き合えません!」




 純一がキッパリ言った後に、また部屋のドアが開いた。


 そして。



「ごめんなさい!」


 謝りながら、いきなり入って来たのは、川本家の三姉妹の末子の 美菜 だった。



         ◇ ◇ ◇



「ねえねえ、いつも純一さんの髪切ってあげているの?」

「そうだよ。 最近じゃあ、のびてくると、ジュンくんから要求して来る事もあるよ」

「へぇ~......、そうなんだぁ~......」


 美菜の友人たちは、興味ありげな耳ダンボ態度で言迫ってくる。


 高校時代の美菜は、将来の事は、ただ何かになれればいいかな......くらいに思っていたのを、友人達は。


「そんなに “好きな人” の髪をもう何年も前からしていたって事は、結構あなた達って イイ関係 なのかな?」


「え!......」


 少し動揺する美菜。 それを察知されたのか、友人達はさらに追撃してきた。


「だから、お互いにイイ感じになってるみたいなんだから、この際もう一押ししてみたら?」

「そうだよ。 さっきみたいに、せっかくいい感じなんだから、いっそのこと告っちゃえば? 多分成功するかもよ」


 そこに確信な言葉は無かったが、押してみれば勝算がある、みたいな言い方をする友人達。

「......、もう、他人事だと思って......」

「だって、他人事だから......」


 ため息が出る 美菜。


「でもね、今現在、美菜が今後の進路に迷ってるかもしれないけれども、さっきの純一さんの髪型って数年 美菜 がカットしていたんだよね?」

「そうだけど」

「だったらさぁ、いっそ 髪結いさん なんて目指してみたら?」

「髪結いって......、美容師の事?」

「そうだよ。いいと思うけどな」


 すると、もう一人の友人が。


「あ~、いいかも。 美菜なら結構美容師って合ってるかもよ?」


「そうかな......」



 コレがきっかけになり、美菜は美容師を目指していく事になるのだった。



        ◇ ◇ ◇



 いきなりの三女 美菜 の登場に、部屋に居た女性陣一同が一瞬黙ったが、そのままこれは味方が増えたのだと思ったのだろう、快く向かい入れた。


「美菜、お前も美成の思いの丈に協力してくれるとはな、姉として有難い」


 川本家の長女である 逢 のこの言葉は、他の二人の女子に、さらに心強くなるものだと思って居た。

 ......が、この言葉の意味を不可解なものとする言葉を純一が放つ。


「美菜、ゴメン。ありがとな」

「うん......」


「「「?」」」



 一瞬、純一 美菜 以外は場所柄、意味の分からない会話だった......、なのだが......。

 察しの良い純一の姉 陽香は、たった今の二人のターンに何かを感じ取ったみたいだった。


「美菜。いまの言い方はなんだ?」

 やはり何かに気が付いてしまったようだ。


 陽香に言われ、若干内気の性格の美菜は、おずおずと説明をしようとしている。そんな事はさせじと、純一が間髪入れずに答える。



「済まないな。美菜はみんなの味方にはなれないんだ」

 どう言う事なのかと、女子三人は一瞬呆気に取られたが、やはり勘の良い陽香は、すぐさま純一の言葉の意味が分かったみたいだ。


「なるほどな、そう言う事だったんだな純一、美菜」


 陽香のこの言葉に、逢と美成がやっと気が付き始め、それでも美成はおじおじとしながらも、真相を確かめるべく、純一と美菜に向き合い、伺い出す様に聞く。


「あなた達って、いつから......」

 落胆と失望しながらの、精一杯の伺うような質問だった。


 その返答は......。



「......、高3の時から......」

「コウサン......?」


 復唱した美成の面持ちが、悲観さを見せ始めた。


「そうなの。高校三年生の時から、純一に告白されて付き合い出して、今に至ります」

 美菜の純一に対する呼び方が、ジュンくん だったのが “純一”になっている事に、真実さが伺える。


「という事は、私たちには今まで内緒にしていたと言う訳なんだな?」

 純一の姉の逢が美菜に問うが、その返答は純一が行った。


「そう言う事なんだ。 どのみち、いつかは話さなければならないと思っては居たんだが、こんな事がきっかけで、話さなくなるとは......」

「そうか......」



 この言葉以来、暫く沈黙が流れる。



「はぁ~............」


 大きなため息が部屋に響き。

「まさか 美菜とはな...」

 それに続き。

「全くだ、美菜とはな......、燈台下暗しとはこの事なんだな」


「はぁ~......」

 そして、美成がまた大きなため息をして。

「美菜 かぁ......」

 と、続けて言った。


 この溜息の意味は......。




 双方の長女は、美菜が純一の彼女だったと言う事実を知って驚いたものの、昨日の事からも含めて、怒りと言う感情には発展しなかった。



 それは......。



 一方の美成は。 流石にダメージは大きいものの、自分の可愛がっている妹と言う事で、何とも言えないような感情が沸いた。

 ただ、数年にもわたり、騙されていたと言う意味合いもあり、どうにもやるせない心情になった。


 それでも、みんなから可愛がられる美菜の事に、怨恨と言う感情にはならなかった。




      *




 伊奈家と川本家の両家の兄妹姉妹たちは、比較的に近所という事もあり、幼いころから親しい交流がある。

 まず伊奈家の両親から 陽香 が生まれ、同じ年に川本家にも長女である 逢 が生まれた。

 次の年には、年子で伊奈家に長男の 純一が生まれ、更に次の年に川本家に次女である美成が生まれた。

 こうして四人は比較的に近所と言う事もあり、同年代の友人達とも遊ぶが、特に川本家と伊奈家の四人は仲が良かった。

 両家の長女が保育園、純一と美成はまだ三歳と二歳の時に、川本家に三女が生まれた。川本家の両親はその子を 美菜 と名付け、そんな美菜は、生まれた時からとても可愛い容姿をしていて、そんな美菜を、伊奈家と川本家の子供たち四人から、特に可愛がられた。

 そして、一度 伊奈家は、家庭の事情で遠くに離れていったが、数年後にまた戻って来た。




 そんな美菜も、中学~高校と順調に成長していき、中学も2年になると、父親の髪をカットし始めた。

 元々は、母親が父の髪をカットしていたのを、子供の頃から見ていたと言う事もあり、興味もあったのか、母の指導で、時々は、父の髪をカットする事もする様になった。

そうして、段々と慣れてくると、川本家、伊奈家の兄妹たちの揃えくらいのカットもし始めたのだが、ただ純一だけは高校の男子という事もあって、少し勝手が違い、なかなか思うようなスタイルにならなかった。

 そうする事で、純一の仕上がりだけは手間がかかり、年頃になって男女が疎遠になってしまう年代でも、美菜は純一の姿を(髪型)を見ると、気のすむ様に、カットさせてもらっていた。


 そうなると、当然、幼馴染とは言うものの、男女という事で、次第に恋愛感情が湧いて来て、純一からの突然の告白で、二人は付き合う事になるのだった。





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