第51話
「タクト! 気を付けな! 奴らは毒を吹きかけてくる!」
蟻人間と刃を交える前に、ヴェスパから有難い忠告をいただく。蟻酸とかいうんだっけ?
「直接肌や粘膜に触れたり吸い込んだりしなけりゃどうって事ないが、目に喰らうと厄介だからな!」
どうって事ないの難易度が高いっつーの。呼吸するなとでも?
そんな会話をしていると、後方からちびっこの放ったクロスボウのボルトが飛んで行く。
「ひとつ」
ボソリと呟きながら、カタカタと弓弦を巻き上げ、次の射撃の準備をするちびっこ。先に放ったボルトは先頭を歩いていた蟻人間の顔面を見事に貫いたんだが、彼女はそれを見る事もしない。だけどしっかりキルをカウントしてるのってどうなのよ。
「重力や風の干渉を計算に入れている。完璧。それより速射出来ない武器だから、すぐに次の準備をした方が効率的」
へ、へえ、そうですか。さすが天才様だぜ。
「さあて! ここからはアタイもやらせてもらうよっ!」
ゴブリン階層までは一貫して、戦闘は俺達に任せきりだったヴェスパが左の手のひらを蟻人間に翳す。
「風の属性はあんまり得意じゃないんだが、ここで火の魔法を使うと大火事になっちまう」
そう言いながら翳した手のひらの先に魔法陣を浮かべる。魔法陣の中央部と外周部がそれぞれ逆に回転を始め、それがどんどん高速になっていく。
ひゅん、ひゅん、ひゅんと見えない何かが魔法陣から飛び出していくのを感じる。
「アタイの故郷には、鋭い刃の付いた手のひらサイズの投擲武器があるんだ。それを投げると回転しながら相手を切り刻むんだが、この魔法はそれを応用したモンさ」
魔法陣から放たれたそれは計六発。それが物語るように、六体の蟻人間の首が落とされていった。
「切断する投擲武器か。俺達の故郷じゃ、投擲武器ってのは打撃を目的としたものか、突き刺すのが狙いのヤツが多かったな」
原始的なものなら投石。さらには苦無や手裏剣などの小型のものから、投げ槍などの大型のもの。いずれも斬撃を目的としたものじゃないよな。
というか、ヴェスパが
だとしたら、だ。ヴェスパは魔法抜きでもとんでもなく強い。その強さはスキル抜きで、自前で持っていたものなのか、それとも召喚されてからの十年の間に鍛え上げたものなのか。彼女に関しては知らない事だらけだよな。もしかしたら元いた世界には魔法があったのかも知れないけど。
そんな人間に背中を預けている俺達も相当に甘いんだろうが、右も左も分からないこの世界では、彼女と彼女を紹介してくれた冒険者ギルドという組織を信用するしかない。
「奴らの吐き出す毒は気化してるからね! 知らないウチに付着したり吸ったりしてる可能性があるから、正面から突っ込むのは危険だよ!」
そんな謎多き女戦士のヴェスパが、魔法を放ちながら再び有難いアドバイスをくれる。
とは言ってもな。彼女は接近戦を避けてる感じだし、後方から射撃しているちびっこは現状のポジションで頑張ってもらうべきだ。今のヴェスパの声を聞いたジェンマ先生は、迂回して蟻人間たちの側面を狙おうとしている。
「ったく、俺が正面を引き受けるしかねえじゃねえか」
つまりそういう事ですね。
「ヴェスパ! なんか軽い盾みたいの貸してくれ!」
「あん? どうすんだい盾なんか。まともに毒を浴びたら盾なんて溶けちまうよ!」
「いいから! 軽くて安いヤツでいい!」
「ちっ、ほらよ!」
ヴェスパは魔法鞄から木製のカイトシールドを取り出し、俺に放ってよこした。よしよし、これは手頃な感じだ。
よっしゃ、いくぞ。
ゴブリンキングがドロップしたシャムシールを右手に持ちながら、一番近い蟻人間へと迫る。蟻人間は二段目の腕で盾を構え、上段の腕で槍を突き出し迎撃しようとしてくる。だけどそれはあくまでこっちの突進を止める為のもので、本命は口から吐く毒霧だろう。それを裏付けるように、口を大きく開いて息を吸い込んでいる。まるでブレスを吐く予備動作みたいに。
俺は蟻人間が毒霧を吐きそうなタイミングで急ブレーキ。ヤツの槍の間合いの少し外だ。ヤツが毒を吐くなら自分の槍の間合いの外だと思ったんだよね。先に毒をかけて動きを鈍らせてから槍で突いた方が確実だろっていう予想でな。
そして予想通り、蟻人間が毒を吐き出した。それに合わせてカイトシールドを横薙ぎに振るう。はいヴェスパ! シールドで防ぐんじゃないのかい? みたいな顔しないの。
要は、俺はカイトシールドをデカい団扇みたいに使って風を起こし、毒霧を押し戻そうとしただけで、ちゃんと攻撃を防ぐっていう盾の使い方をしているぞ?
だけどちょっと予想外の事が起こった。
――ヴォン! メキメキ!
いやちょっと待ってくれよ。ヴォンっていうのは分かるよ。風切り音だろ。でもメキメキって何だよ。何か盾が風圧に耐え切れずに折れちまった。なんて華奢な盾なんだこりゃ。
そしてもう一つ予想外。なんと、毒霧を押し返すだけのつもりだったのに、蟻人間が突風で吹き飛ばされそうになるのを必死でこらえている。一体俺は風速何メートルの男なのか。
ともあれこれはこれでチャンスだ。
俺はそのまま飛び込み、シャムシールを一閃。蟻人間を紙切れのように切り裂いた。すげえよく斬れるな、この剣。
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