第50話

 ゴブリンキングを倒した俺達は、ボス部屋の扉を潜って外に出る。すると、右手に赤、左手に青の魔法陣が展開されていた。


「こいつぁ赤いのが迷宮の外まで運んでくれるヤツで、青いのが次の階層へ進むヤツだ。さて、どうする?」


 二つの魔法陣を眺めながら、ヴェスパが教えてくれた。うん、やっぱり信頼できるベテランってのは頼りになる。俺達だけだったら、先に進みたいのに赤い魔法陣に乗ったりしそうだもんな。

 ……いや、車社会で育った俺達には、青は進めって感覚はある。この場合は青を選択して先に進む可能性が高いか。なんてしょうもない事を考えていると。


「ね、ヴェスパ。ボス部屋の外にこの魔法陣が出来たら、他の冒険者が使ったりしない?」


 青髪ちびっこが赤髪のヴェスパを見上げてそう訊ねる。ここでも青と赤のコントラストか。この先、進退に悩む事があったら二人にじゃんけんでもさせて決めたらいいかも知れねえな。


「ああ、それは心配いらねえよ。この魔法陣はボス部屋から出た人間にしか入れない。アタイ達はすり抜けられるが、他のパーティの人間は通過できねえ結界に包まれてんだ」

「ほう……ならば安心」


 そうか。そうだよな。せっかく頑張ってボスを倒したのに、魔法陣だけ使われたんじゃ腹立つもんな。


「さて、どうするのかしら? あたしとしては醜態をさらした分、下層に行って取り戻したいんだけど」


 浄化の腕輪のおかげで何事もないような顔をしてるけど、実はゴブリンの気持ち悪さと怖さで粗相をしちゃったジェンマ先生。その事を突っ込むといらぬ怪我をしそうなので、お利口な俺は静かにしている。


「食料はまだまだあるぜ!」


 ヴェスパが魔法鞄をバンと叩く。


「ん。ボクももう少し進みたい。クロスボウのボルト、まだ余裕ある?」

「ああ! まだまだ余裕だぜ」


 ちびっこも進みたい派だけど、一応メイン武器のクロスボウのボルトの在庫を確認するあたり、抜かりがないな。

 実の所、弓やクロスボウと言った射撃系の武器は、コスパが悪いので冒険者には人気がない。矢やボルトは消耗品だから仕方ないっちゃあ仕方ないんだけどな。

 ただ、そういう弓系のスキルを貰っちゃったヤツとか、スキルがないのに冒険者をやりたいヤツには、比較的安全な後方からの援護が出来るという事で、一定の需要はあるらしい。


「となると、あとはリーダーの判断ね」


 ジェンマ先生の一言で俺に視線が集中する。そうね、俺がリーダーだったね。

 実を言えば、ゴブリンキング戦で試せなかった裏技、どこかで試したいとは思っている。なので俺も進むに一票だ。


「よし、青い魔法陣に乗ろうぜ。一応、気を引き締めてな!」

「「「おー!」」」


 四人で青い魔法陣に乗っかると、視界が一瞬だけ暗転した。そして次の瞬間目に入ったのは薄暗い森の中の風景だった。

 ……いや、森なんていう表現は生易しいかもな。これはもう密林、ジャングルと言った方がいいかも知れない。樹齢何年くらいか見当もつかない大木が生い茂り、深い緑が足下を覆う。蔦がこれでもかとぶら下がり行く手を阻み、どう見ても美しいとは言えない毒々しい派手な花が咲き乱れている、ある種、非日常的な空間。


「うわあ、俺はもう帰りたい。魔法陣でここに来たら、帰りってどうするんだ?」

「ああ、出口に向かう階段がどこかにある。それを探すしかないねえ」


 なんだそりゃ。来る時は魔法陣しかないのに、帰りは階段探すとか。


「しかもここは地下六階の認識でいるだろうが、階段を登ればそこは迷宮の出口さ。不思議なモンだろ?」


 ホントだな。五階層を経由しなきゃ行けないから六階層だろうと思いきや、帰り道はすぐだってんだからな。敢えていえば、ゴブリンがいた階層はA区画の一階層から五階層、このジャングルっぽい所はB区画の一階層ってところか。ただし、B区画に行くにはA区画をクリアしないと行けませんよ、的な。


「まあ、ここから先は便宜的にも六階層以降って事になってるけどね。暗黙の了解ってヤツさ」


 ほーん?

 まあ、その辺はどうでもいいし、むしろ六階層って言われた方がしっくりくるからいいや。


 俺達は鬱蒼と茂る足下の草や、垂れ下がる蔦なんかに気を付けながら、ゆっくりと先を進む。先頭はヴェスパと俺、真ん中にジェンマ先生、最後尾にはちびっこだ。


「なあヴェスパ」

「ん? 何だい?」

「俺、なんか見えるんだけどさ。蟻が二足歩行してて槍持って行進してんの」

「おや、奇遇だねえ。アタイも見えるよ。軍隊蟻人間が」


 いやいやいや。軍隊蟻人間て。身体は蟻。でも立ち上がって二足歩行してる。そして腕? もういいや腕で。その腕が四本あって、上の二本で槍を持ち、下の二本は右に剣、左に盾を持っている。

 身体に装備らしい装備はないが、頭にはヘルムを被っており、そこから覗く顔は妙に人間くさい。何ていうのか、本能を揺さぶる気持ち悪さだ。


「うっわ、また気持ち悪いのが……」

「ゴブリンの方がマシ」

「そ、そうかもね」


 後から付いて来ているジェンマ先生とちびっこも、その蟻人間の行軍を見て露骨に顔を顰めている。


「油断すんなよ? 冗談みたいな見た目だが、アレは強い。そして数は単純に暴力だからね!」


 軍隊蟻人間たちがこちらに気付き、槍を構えながら隊列を組んで迫ってくる。その数凡そ二十体ほど。

 腕が多い事による攻防の隙の無さ、そして統率の取れた動き。接近戦に特化したようにも見えるが、もしかしたらそれ以外にも隠し玉があるかも知れないな。

 そして何より、蟻の身体に人間の顔っていう気持ち悪さ。


「こっちもパーティ戦闘ってやつをやってみるか。前衛は俺! アタッカーは先生とヴェスパ! ちびっこは牽制! みんな、やるぞ!」


 さあ、戦闘だ。



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