虫の階層
第49話
「村が見えるわ、清水原君」
「ああ。少し休ませてもらおう」
この世界には似つかわしくない日本の制服を着た男女二人。
彼等二人は、暫くは他のクライメイト達と一緒に訓練に励み、無事にスキルを受ける事が出来た。しかし二人は、あからさまに懐柔を計ってきたり、自分達を正、他は悪と決めつけるような洗脳に近い教育を施してくるアプリリー配下の者達に胡散臭いものを感じていた。
そもそも、異世界の住人である自分達を勝手に呼び出し、しかも戦力にするなんて事をするような連中がまともな訳がない。
その事をクラスメイト達に話しても、逆に自分達が間違っているかのように責められる始末。
思春期の少年少女達は与えられた力に酔い、自分達を特別な存在として持ち上げるアプリリー配下の者達により正常な判断力を失っていった。
クラスメイト達の説得を諦めた二人は何気ない顔で日々の訓練を熟し、ある程度の力を付けた時点で脱走を試みた。そして奇しくも、二人は拓斗達の逃避行ルートをトレースしていた。
二人がスポーク村に辿り着いたタイミングというのは、ちょうど拓斗達のパーティが大規模な魔獣の群れを討伐した直後であり、大きな危険に遭う事なく村に到着する事が出来た。。
二人の姿を見た村の門番は驚いた顔をして中に駆け込んで行った。
「た、大変だ村長! あの、あのタクトってヤツと同じ服を着たヤツが二人、村に来るぞ!」
「な、なんじゃと!?」
「ど、どうする?」
剣で腹を刺し貫いても死なず、マンモスボアを素手で殴り殺した拓斗の姿を思い出し、村長は身震いした。そして同じ服装をした二人の人物。あの悪鬼のような存在と同類の者に決して敵対してはいけない。
「もし村に用があるのならば丁重に迎え入れよ。決して敵対してはならん」
「へ、へい」
***
「そうですか。ではあの三人は生きているのですね?」
「うむ。少なくともこの先にあるカーブレの町に行って冒険者になったところまでは確認しておる。それから先の事は分からぬがな」
村人に迎え入れられた清水原と平は、村長の家で一息ついていた。
そこでどう事情を切り出そうか悩んでいた二人に、村長が先手を打って拓斗達との関係を尋ねたのだ。これは二人にとって幸運だった。何しろ既に拓斗達が道を切り拓いていたのだから、それに乗っかるだけでいいのである。
村長の話から、この村を訪れたという三人が、教師であるジェンマと天才少女の目黒蘭、そして交通事故に遭って休学していた拓斗である事はすぐに分かった。
分からなかったのは、召喚されたその日に追放された三人が、恐ろしい魔獣を倒せるほど強かったという事だが(倒したのは拓斗一人だが)、異世界に召喚された事によって何か特別な能力を得たのかも知れないと思う事で強引に納得する。
「僕達もジェンマ先生達に合流した方がいいかもね」
「ええ、私達もカーブレの町へ向かいましょう」
清水原と平が頷き合う。
「待たれよ。あのタクトという者は、自分達の事を聖都から来た連中には話してはならんと言っておったらしい。お主らは彼等の追手ではないのだな?」
「いえ、どちらかと言えば同じ立場になった者ですね」
そう言って清水原が苦笑する。
「ならばええんじゃ。あの三人の事を儂らが追手に話したとなれば、儂らは皆殺しにされてしまうやも知れぬのでな」
「一体何をやったのよあの三人……」
心底怯えた表情の村長を見て、平がドン引きする。しかし村長は自分達が拓斗を殺し、ジェンマと蘭を売ろうとした事は話していないので、拓斗がそこまで怒り狂ったという状況に思い至らないのも無理はないのだが。
「ともかく、カーブレの町に行くにしても、その恰好では目立つじゃろう。粗末なモンじゃが目立たない服をやろう」
「……なぜそこまでしてくれるんです?」
拓斗達を過剰に恐れる割には親切心も見せてくる、この村長の真意を量れずにいる清水原と平。しかし村長は表情を変えずに言った。
「かの三人はこの辺りの魔獣を駆逐してくれた。それ以外にも借りはあるがの」
「なるほど。ではご厚意に甘えさせていただきます」
拓斗達に思うところが無いではないが、それでも彼等が冒険者となり、大平原の魔獣を駆除したおかげでつかの間とは言え平穏が訪れたのは事実だった。聖都に見捨てられたこの村がだ。
確証はなかったが、この清水原という少年と平という少女も、カーブレに向かえばそこで冒険者になるのだろうという気はしている。それならばこの村にもメリットはあるかもしれない。だからこその村長の申し出だった。
清水原と平は村長の申し出を受け入れ、目立たない服装に着替えたのちにカーブレの町へと向かった。拓斗、ジェンマ、蘭が歩んだ道を辿って。
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