第48話

「ふ~ん? 『ゴブリンキングの剣』ねえ……」


 俺はレアドロップと言われたシャムシールを右手に持ってマジマジと見る。うん、確かに刃は油が滴って来そうな程に光沢があるし、俺の硬い身体を斬り付けた割には刃毀れひとつしていない。剣としてはかなり優秀なのかもしれないけど。


「アンタ一人で倒したんだ。アンタのモンだよ」

「んー、でも俺、剣なんて使えねえしなぁ」

「でもソイツは迷宮の魔力にてられて、魔剣になる一歩手前くらいの逸品だぜ? あのメイスよりは余程頑丈だろうし、刃を立ててぶん殴るくらいの感覚で使ってみたらどうだ?」


 ヴェスパの話を聞いて、しばらく悩む。技術云々を抜きにしても十分な破壊力を得られるのがメイスみたいな打撃武器だから使ってたのに、いきなりこんな曲刀を持ってもまともに使えるのかねえ? 


「拓斗君、確かにキミは拳で殴った方が強いかもだけど、あたしがゴブリンに感じたみたいな嫌悪感、あれはキツいわよ? 絶対に直接触りたくないもの。だから武器は持っていて損はないと思うわ」

「ふ~ん、そっか。先生はもう乾いたんすか?」

「ばっ、ばか! もうとっくに乾いてるわよ!」

「タクト、鬼畜」


 うん、すまん。あの時のジェンマ先生、ちょっと可愛かったからな。悪戯心だ。


「ほらほら、三人が仲良しなのは分かったから、そのレアドロップの剣と魔石持ったら外に出ようぜ」


 寸劇を始めていた俺達三人にヴェスパが促す。

 あのボス部屋の扉を潜ったあとも景色などは全く変わっていない。だけどこのボス部屋は迷宮内の他の空間とは隔絶されているらしく、再び扉を潜らないと後にも先にも進めないんだそうだ。

 そしてそのどこ〇もドア的なヤツの前に進むと。


「お、宝箱じゃん」

「ほんと! でもベタな宝箱ね……」


 絵に描いたようなよくあるデザインの宝箱がそこに出現していた。それでも俺はちょっとテンション上がった。でもそのデザインにジェンマ先生は苦笑い。


「へえ、運が悪けりゃボスの魔石しか手に入らない時もあるんだが、レアドロップに加えて宝箱まで出るとはねえ。アンタら、かなり運がいいよ」

「ボクが開いていい?」


 ちびっこがこっちをみながらうずうずしている。


「ふっ、おこちゃまだなぁ。しかたねえから開いてこい」

「やた!」


 ちびっこが喜び勇んで宝箱に駆けていく。微笑ましい。

 宝箱には特に鍵が掛かっている訳でもなく、抵抗なく蓋は開いた。その中にあったのは赤銅色をした腕輪。それが何であるか判別がつかない俺達は一斉にヴェスパを見る。


「あ、そりゃ魔法の腕輪だね。色からするとそんなに大したもんじゃないが、役に立たないって事ぁないだろ。ちょっと貸してくれるかい?」


 そう言ってヴェスパは赤銅色の腕輪を手に取り、腕に嵌めて色々と試しているようだ。そしてそれを外すと、ジェンマ先生に差し出した。


「コイツぁジェンマが使いな。今のアンタに必要なモンだし、みんなの役に立つからさ」


 ジェンマ先生が首を傾げながらも腕輪を受け取る。そして右腕に装着すると、何もかも納得したような表情になった。


「これは……! 拓斗君、ちょっと向こう向いてて!」

「あ、ハイ」


 俺は言われるがままにジェンマ先生に背を向けた。コッソリ覗くとかやらねえし?

でもなんかドキドキするよな。


「ちょっと何よこの詠唱……これじゃ何したかバレバレじゃない……」


 戸惑い混じりの先生の声が聞こえる。つまり魔法を発動させるには詠唱が必要な腕輪って事か。どんな魔法が発動するのやら。まさか背中から攻撃魔法撃たないよね? 違う意味でドキドキするぞ……


「浄化!」


 ん?

 浄化って言った?


「あ、これ凄いわね。スッキリしたわ。蘭ちゃんにもかけてあげるわね」

「ん」

「浄化!」

「おうふ……これはきもちいい」

「ね?」


 なんか女子だけで盛り上がってますが、俺はいつまで背中を向けていればいいのでしょうか。


「ほら、拓斗君も! 浄化!」


 背中越しにジェンマ先生の声が届くと、俺の身体を微弱な光が包む。


「あ、これは気持ちいいな」


 身体が丸洗いされた後のような感覚とでも言えばいいだろうか? 汚れや不快感が取り除かれ、物凄くスッキリする。多分身体だけじゃなくて衣服なんかも綺麗になってるんだろうな。肌ざわりなんかも気持ちがいい。


「もうこっち向いていいわよ?」


 ジェンマ先生のお許しが出たので振り返ると、やはりスッキリした顔と小奇麗になった装備を身に着けた女性陣が並んでいた。


「この腕輪は浄化の腕輪っつってな。身体や衣服の汚れだけじゃなく、表面に付着した毒や有害な雑菌なんかも除去してくれる優れモンのアイテムなんだ」


 ヴェスパがそう説明してくれる。もしそれが本当なら結構当たりのアイテムだと思うんだけど、それにしては最初の評価が低かったみたいな。

 そしてヴェスパから『雑菌』というワードが出た事で、彼女の出身地がこの世界よりも文明が進んでいた事を匂わせた。


「アイテムの色で大体の市場価値が決まっちまうんだ。赤銅色のこの腕輪だとそんなにレア度は高くない」


 それは何故かと訊ねると、汚れを落とすという行為自体が他の簡単な魔法で代用できるからだそうだ。水魔法で洗って風魔法で乾かす、みたいな感じだな。

 それでも落としきれない汚れをあっという間に落としたり、消毒までしてくれるこの腕輪の効果は凄いと思うんだが、どうもこちらの世界では病原菌やウィルスみたいなものに関しては研究が進んでいないので、そこの効果は付加価値が付かないらしい。


「そっか、なら世の中ではあんまり価値がないけど、俺達にとってはそうじゃないお宝ってのも結構ありそうだ」

「そうね。あたしもこれで拓斗君に意地悪されたけど綺麗になったし、これで帳消しにしてあげるわ」

「へい、ありがとうございます……」


 無事にジェンマ先生からお許しが出たので一安心だ。何しろ俺と先生は魔法が使えないし、このアイテムは暫く迷宮内で暮らす際にも重宝しそうだ。


「ところでどうするかねえ? この先。一応、ボスを倒したから一気に地上まで帰還する方法はあるんだが」


 ヴェスパが今更ながらそんな事を言う。なんだよ、ボスを倒すとそんな特典があるのか。


「魔法陣に乗って地上までヒュン! って感じさ」


 ほう、そりゃまたファンタジックだな。でも俺個人としてはまだまだ物足りない。


「正直ゴブリンは食い足りなかったな。俺は先に進んでみたい」

「そうね。気持ち悪い敵だったけど強くはなかったわよね」

「ん。ボクもあんまり働いてない」


 俺達三人の意見を聞いたヴェスパが大きく頷いた。


「よし! それなら先に進もうか!」


 こうして俺達は次の階層に進んだ。

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