第47話

 ヤツのシールドを何とかして、懐に入り込めれば。

 俺が考えていた事はそれだ。曲刀の攻撃なんてのは致命傷には成り得ないし、何より長時間戦っている事でヤツの動きもかなり見極め出来てきたように思う。


「タクトー! もっと頭使えバカー!」


 ちびっこにバカって言われると、それが事実だけに妙に腹立つな。魔法で髪の色を青くしてから劇的に美少女に磨きが掛かったんだが、実質まだ中学生なんだぜあいつ。


「拓斗くーん! がんばってー!」


 ジェンマ先生はぴょんぴょん飛び跳ねながら手を振って応援してくれている。そうそう、そういうのだよ。思春期の男子高校生はそういう女子の声援で普段以上の力が出るんだぜ?

 ……女子な。いや、美人だしナイスバディだし、嬉しいんだけど、どうしても教師っていう立場がね。


「タクトー! ちゃんと倒したら今晩一緒に寝てやるぞー!」


 ヴェスパは隻眼の女戦士だけに、酒場でジョッキを掲げているのが似合いそうな笑顔でそう叫ぶ。よく見りゃ美人なんだけど、どうしても迫力がな。


 それでも女子の黄色い声援っていうのはやる気にプラス補正が掛かる。いいトコを見せようって気になるのが男の性ってもんだ。


 それはそれとして、どうにも俺の攻撃は単調なせいか、すべて避けられたりいなされたりして決定打になり得ない。繰り出す攻撃のスピードもパワーも人間離れしているはずなんだけど、やっぱりコイツもボスキャラって事なんだろうな。普通ならパーティ全体で対応すべき強敵だっていう意味がよく分かる。


 今までの俺は、全て殴るか蹴るかの打撃技しか出していない。そこでちょっと頭を使ってみたよ。


「行くぞオラァ!」


 代り映えのしない突進から右の拳を繰り出すモーションで距離を詰めていく俺に、ゴブリンの親分は僅かに口角を上げた。『またか』とか『馬鹿の一つ覚えめ』とか思ってんだろ?

 だけど残念でしたぁ!


「グゲッ!?」


 親分は虚を突かれる。もしかしたら、ヤツの視界から俺の姿が消えたのかも知れない。

 俺は素早く体勢を低くして、柔道で言う諸手刈り、レスリングで言うタックルに移行した。ヤツの両足を摑まえ、そのまま倒れるまで突進を止めない。いくら親分が強くても、11トントラックに衝突されても負けないパワーを身に着けている俺には抗えなかったみたいだ。

 殴る蹴るは躱され、いなされる。それならばと、俺が取った戦法は密着する事。もちろん高度な関節技とかそんなモンは会得していない。だけど、純粋なパワーはそれだけで武器になるんだよ。

 親分にマウントポジションを取った俺は、まずは両肩を潰す。剣や盾を持った手でガチャガチャ抵抗されたらウゼェからな。

 どうやったかって? 簡単簡単。両肩を握ってそのまま力を籠めるだけ。それだけでヤツの肩の骨はバキボキと音を立てて砕けていく。元よりこれだけ密着していては親分の方もパワー差で押し切られ、どうにもならない。

 汚い声で悲鳴を上げながらも無駄な抵抗をしようとする親分だけど、俺が喉元を握った時、敗北を悟ったのか大人しくなった。


 ――ゴキリ


 俺はヤツの首を握りつぶした。そしてゴブリン親分の身体は粒子となって消え去り、親指大の赤黒い魔石が残っていた。

 結局、戦略も戦術も技術も何もない、力によるゴリ押し。でも勝ったからすべてよし!


「フハハハハ! 力こそパワー!」


 俺は右手を天に突き上げ、昇天しそうなポーズで勝鬨を上げた。


「随分頭の悪そうな勝鬨だねぇ……」

「ん、タクト頭悪そう」

「しっ、聞こえるように言っちゃダメよ? 今彼は勝利に酔ってるんだから」


 みんな聞こえてるよ?

 もうちょっと褒めるとか労うとか称えるとかしてくれてもよくね?

 仮にも迷宮の中ボスを一人で倒したんだよ?


 悲しみに打ちひしがれひっそりと体育座りをする俺の横に、これまたひっそりと親分が使っていた曲刀が地面に突き刺さっていた。


「ほう、キングが使っていたシャムシールがドロップしたか。喜びな、コイツはレアだぜ」


 それを見たヴェスパが俺には構わずその曲刀に一直線だ。へえ、シャムシールっていうのか、その剣。なんか中東あたりで使ってそうな剣だけど。てか、もっと俺を気にしろよ!


「よしよし」


 (;´・ω・)ヾ(・ω・`)ナデナデ

 今の状態を表すとこんな感じだ。ちびっこ、俺に同情してくれたらしい。


「……よくあんな気持ち悪いのにくっついて……」

「あン?」

「が、頑張ったわね」


 優しさを見せてくれたちびっこに比べてジェンマ先生……

 なぜか俺に一定の距離を置いている。ゴブリン親分と密着していた俺がそんなに気持ち悪いかコラ。


「なあちびっこ。一教師がああいうの、どう思う?」

「ん、あれは酷い。おしおき可。タクト、そのまま抱き着いてよし」

「おっけー、了解だ」


 俺は立ち上がり、先生ににじり寄る。


「な、なに?」

「おしおきだ」

「きゃーーーー」


 逃げ回る先生を追いかけ回すという子供みたいなおしおきは、ヴェスパが止めるまで続いた。

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