第46話

 拾ったゴブリンナイトの剣は二本ともぶん投げたし、愛用のメイスは柄がポッキリ折れて昇天しちまった。つまり俺は完全なる丸腰である。


「ゲゲッ、ゲギョギョギョ!」


 はい、ゴブリン親分、笑ってるよねこれ絶対。意訳すると、なんだ、武器も無しにワシに挑むとは片腹痛いわ! って感じかな?

 ま、取り敢えずやれるトコまでやってみようかね。いざとなったら奥の手もあるし、何とかなんだろ。


「せいぜい笑ってろよゴブリンの親分。いっくぞぉ!」


 俺は馬鹿正直に突っ込んで行く。そこには策も何もない。ただ近付いて殴る蹴る。俺の武器はメイスなんかじゃない。ナノマシンが進化させていくこの肉体そのものが武器であり防具だからな。

 ゴブリンの親分も持っている曲刀で俺を迎え撃つ。武器を持ってる分だけ向こうの方がリーチが長い。先に喰らうのはまあ仕方ない。

 ヤツの右手から振り下ろされる曲刀の刃を左腕で受ける。金属同士がぶつかり合うような音と共に、それを弾き返す。

 俺が身に着けているのは革製の装備だ。魔獣の革から作ったそれなりに高性能なモンだけど、まさか金属に斬り付けたような手応えで弾かれるとは思っていなかったんだろう。ゴブリンの親分の顔が驚愕に歪む。

 はっはっは。俺の身体はヴェスパが振るう魔剣すら通さないほど硬くなってるからな。それはそうと、弾かれた右腕がカチ上げられてるぞ?

 俺は右のゲンコツを喰らわせる。しかしそれはゴブリン親分が持っていたシールドに阻まれた。


 ――グシャァ!


 だけど、恐らく大型トラックを跳ね返せるほどの俺のパワーと強靭さは、シールドを歪ませゴブリン親分をブッ飛ばす。さらに追撃を掛けるべく走って追いかけるが、頑丈になった身体とはアンバランスなほどスピードが出ない。いや、これでも走る速度もジャンプ力も常人の域は超えているはずなんだけどね。

 今までの訓練というか試練というか、そのあたりの鍛え方が頑丈さとパワーに特化しすぎてたんだろう。


 それにしてもこの親分、ゴブリンのクセにやたらと強いんだ。今までのヤツは、大体一発で生卵みたいに潰れて終わりだったのに。

 俺のパンチを盾で受けた時、どれだけの破壊力があるか凡そ理解したのかもしれない。武器を持ったリーチの長さを活かして、俺を間合いに入れないように戦っている。

 ……いや、これだけ警戒してるって事は、この親分も一発喰らったら致命傷になるって事を分かってるんだろう。間合いに入り込めずに空振りしている俺が未熟って事だな。ヤツからしてみれば、『たしかにそれを喰らえば俺は死ぬだろう。ただし、当たればな。ニヤリ』って感じかも知れない。


 とは言っても、技術なんてものは一朝一夕で身に着くモンでもないし、戦闘中に急成長して敵を圧倒するとかマンガや小説の中だけの話だ。


***


「……ときっとタクトは考えている」

「あら、違うの?」


 全体的に見れば拓斗が押し気味に見える戦いだが、ゴブリンキングの方も致命傷を負わないように上手く戦っているため、互いに決め手がないまま時間が過ぎていく。

 このまま消耗戦で進めて行っても、ゴブリンキングの攻撃では拓斗にダメージは与えられないため、いつかは拓斗が勝つだろう。しかし観戦している蘭やジェンマ、ヴェスパは少々飽きてきていた。

 そこで、『いくらナノマシンで強化されているとは言え、人間そんなに便利になれる訳がない』と考えている拓斗の内心を読んだ蘭の解説が始まっていた。


「ちがう。ボクが備毛田博士から聞いた話では、ナノマシンの成長は単に筋力の増強に留まらず、神経系にも影響を及ぼしているらしい」

「……というと?」

「先生も、夜目が利くようになったり、動体視力や瞬間視力といった部分が強化されている実感はあるはず」

「……そう言えばそうね」


 大雑把な説明だが、ナノマシンは自らの主の身体が不便だと感じたら、肉体的に進化を促す存在であるらしい。もっと敵がよく見えたらいいな。それがつまり『不便』と感じた事であり、それにナノマシンが対応して様々な視力がアップした。身に覚えがあるジェンマが納得する。


「今タクトはもっと上手く戦えたら、と考えているはず。だから脳細胞や反射神経なども考えている事が実践できるように進化すると思われる」

「ただ身体が強くて硬くて速いだけじゃどうにもならない時、どうしたらいいかというアイディアが必要って事よね」

「ん。でもこの場合はアイディアを活かすための技術を知らないし、技量も足りていない。だからそれが可能になるよう進化していくはず」

「なるほど~」


 二人は拓斗から視線を外さずに会話をしているが、ヴェスパはそんな二人を見ながら不思議な顔をしていた。


「アンタらの話はよく分かんねえけどさ、アイツだってあたしとの訓練で色々考えながらやってたんじゃねえのか? 実際初めの頃と比べたら動きは見違えたぜ?」

「それはそう。でもヴェスパとの訓練は目的が違う」

「目的?」


 ジトッとした目で答える蘭に、ヴェスパが首を傾げて聞き返した。


「訓練の時のタクトは、ヴェスパを倒す事を目的としていなかった」

「――!!」


 それを聞いたヴェスパは気付く。


(そういえばアイツはディフェンスを目的としてアタイと対峙していたように思える。もちろん攻撃もしてきたが、どちらかと言えば、アタイの攻撃を潰す為の消極的な攻撃と言えばいいか……)


 拓斗の目的の第一段階は簡単に死なない身体を手に入れる事。

 ヴェスパの攻撃を喰らう。それに対応できるようにナノマシンが身体を強化していく。それがヴェスパにはタクトの上達と見えたため、段階的に攻撃を強くしていった。それにも拓斗の身体は徐々に対応していった。


「そっか、アイツ、まずは防御からって感じのヤツだったのか。ハッハ、似合わねえなあ!」


 ジェンマはここに至って拓斗の真意に気付き、なんだかおかしくなった。訓練中は自分に攻撃する余裕がまだないのだろうと思っていた。しかしそれは違っていて、彼がその気になれば攻撃に関する技量も驚くべきスピードで上達していたはずなのだ。

 しかし拓斗は攻撃は仲間に任せ、彼自身を盾に仲間を守ろうとしていた事に漸く気付く。

 蘭だけは気付いていたようだが、ジェンマもヴェスパも初めて拓斗の真意を蘭から聞かされ、この瞬間から彼を見る目が変わった。


「多分にボクの仮説も入っているけど」


 そんな蘭の言葉は果たして二人の耳に入っていただろうか。

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