第39話

 俺が目を覚ましすと、視界に入ったのは知らない天井だった。横を見れば、申し訳なさそうにしょぼくれているウラルさんと、その隣にはかなり怒りをかみ殺しているような感じの中年男性がいた。

 反対側には、俺の額に乗っている冷やしたタオルを取り換えてくれているジェンマ先生と、ウラルさんを睨みつけているちびっことヴェスパがいた。


「さんきゅ、ジェンマ先生。もう大丈夫だよ」

「ええ」


 俺が目を覚ました事を確認すると、中年男性の方が深々と頭を下げてきた。そしてウラルさんもそれ以上に深く頭を下げる。


「済まなかった!」


 男性の方は短く刈り上げた髪に角張った輪郭で、体格も良く、椅子に座っていても鍛えているのが分かる。ぱっと見は四十代後半から五十代前半に達しているように見えるが、その年齢でこの筋肉と体形を維持しているんだから大したモンだ。


「えっと、誰?」

「これは申し遅れた! 俺はプラギー冒険者ギルドのギルドマスター、ハーレイだ。今回はこのバカが迷惑をかけ、本当に申し訳ない!」


 なるほど、ギルドのトップが部下の尻ぬぐいか。ぞれにしても随分と潔いと言うか。


「あ、ご丁寧にどうも。タクトです。怪我はもうこの通りなのでハーレイさんは頭を上げて下さい」


 俺はベッドから立ち上がり、その辺を歩いたり屈伸したりして見せた。ハーレイさんとウラルさんはそれを見て唖然とする。


「いや、待て! いくら治癒魔法を使ったとはいえ、魔法が貫通したのにその回復力はありえんぞ!」

「あー、そうっスね。かなり痛かったなー。まさか殺す気で魔法を撃ってくるなんてなー。副ギルドマスターともあろうお方が大人気ねーよなー」

「も、申し訳ありませんでした……」


 ハーレイさんの横で小さくなっていたウラルさんが更に小さくなった。

 どうやら模擬戦のあと、ヴェスパやちびっこ、ジェンマ先生が俺を宿に運び、それからハーレイさんにカチ込んだらしい。

 それでウラルさんが自身の欲求を満たす為に俺と模擬戦を行い、更には俺の予想外の実力に恐怖した挙句に致死性の魔法を放ってしまった事を聞いてハーレイさん大激怒。


「ひとつ教えて欲しいんスけど」


 それぞれから説明を聞いた俺は一応納得した。納得した上でウラルさんに訊ねる。


「ウラルさんのあの魔法は最強のヤツですか?」

「……?」

「あの水のヤツより強い魔法は持っているんですか?」

「敵単体に対して、という意味ならあれが最も威力が高い。威力は落ちるが範囲攻撃が可能な魔法ならいくつかあるが……」


 つまり、マジでテンパったこの人は、最強の魔法で俺を攻撃したのかよ。


「あの時は……本当に殺されるかと思った……だから、その……許して欲しい」

「はぁ~~」


 俺は大きくため息をついて見せる。だけど思惑通りに事が運んで内心舌を出している事はお首にも出さない。あれだけ貫通力の高い魔法に対して耐性が出来たんだ。中々そういう機会もないだろうしな。


「それでタクト君。君にはギルドから見舞金の他に何か謝罪をしようと思うのが、何か希望はあるかね?」


 ハーレイさんにそんな事を聞かれて、俺は思わずヴェスパやジェンマ先生、ちびっこを見渡した。そんな事を言われても、何にも思い浮かばねえし。

 そして、三人の視線は「あんたに任せる」だった。何だよ頼りねえな肝心な時に。


「そう言われても思いつかないんで、それはまた後日でいいっすか?」

「あ、ああ。それは構わないが」

「じゃあ、ちょっと迷宮について聞きたいんですけど」


 って事で、俺は迷宮についての話を聞いた。ざっくりとはヴェスパから聞いてはいたけど、その上でだ。


「つまり、迷宮の中が混み合わないように一日あたりの入場者数をギルド側で管理してるって事っすか」

「ああ。無断で入って行方不明になってもこっちとしては打つ手がない。きちんといつ、誰が迷宮に入ったかを把握しておけば、戻らない場合に捜索隊を出す事も出来る」

「なるほど……」

「誰がいつ、目指す階層はどこかを申告した上で迷宮入りの許可を出すが、それも順番待ちだな。何しろここは冒険者が多い。迷宮に行きたがるヤツも多いからな」


 となると、いきなり明日迷宮に行きたいって言っても無理って事か。俺達の実力からして適当な迷宮の階層はヴェスパが判断してくれるだろうからいいとしても……


「あー、それじゃあ確認しますけど、ギルドが誠意を見せてくれるって事でいいっすか?」

「う、うむ。出来る範囲でだが」

「じゃあですね、俺達のパーティがいつでも好きな時に迷宮に入れるようにして下さい。これ以外はいらねえっす」


 ふふん、どうだ。俺は『ナノ』のメンバーにドヤ顔を見せる。ヴェスパは苦笑、ジェンマ先生は必死で笑いを堪えているし、ちびっこはキラキラした目でこっちを見てきた。


「タクト、ボクより天才」

「おう、そうだろそうだろ」


 しかし、ちょっと得意になってる俺のところへ水を差す無粋な人が一人。


「いや、しかしそれはいくら何でも……他の冒険者の不満を集めてしまう!」


 はい、ウラルさんですね。


「いや、だからそれをギルドが抑えてくれるんじゃ?」

「しかし好き勝手に迷宮に入られたのでは、君達に何かあった時に――」

「問題ねえさ」


 ウラルさんが如何にもそれらしい理由を付けてきたところでヴェスパが一刀両断。


「コイツの実力はもう分かっただろ? それに、アンタのあの魔法はもうタクトには通じない。コイツはそういうだからな」

「そ、それはいくら何でも……あの魔法は迷宮下層の魔物にすら通用する威力の……」


 へえ、それはいい事を聞いた。少なくとも、俺の身体は迷宮の下層にいる魔物以上に硬いって事だ。



 それから俺達は、ねちねちとウラルさんの失態をつっつき、見事に迷宮入場フリーパスを発行してもらうように漕ぎつけた。

 ハーレイさんは前代未聞だって嘆いてたけどな。

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