第38話

 俺達は再び地下の修練場に戻った。


「大丈夫なのかアノ人。なんか手加減無しで来そうなんだけど?」


 俺はヴェスパに訊ねるけど、彼女は相変わらずの悪戯な笑顔でカラカラ笑いながら言う。


「ああ。アイツも腕利きの上級冒険者だが、主に魔法をメインに使う。でもアタイの攻撃にも耐え切るアンタなら圧勝だね。正直言えば、アンタの耐久力は特級プラチナ以上さ」

「ほーん? でもこの流れって、俺になんかメリットあんの?」

「あるさ。アイツはアタイと違って生粋の魔法使いだからね。そういう相手との戦闘経験は貴重だろ? アンタにとっての『経験』はさ」


 そりゃまあ確かに。俺の中のナノマシンは経験を積めば積むほど学習して俺を人間離れさせていくからな。ちくしょうめ。

 しばらく待つと、ウラルさんが着替えてやってきた。青いローブを着込み、ロングスカートから動きやすそうなピッチリとしたスパッツにブーツという出で立ち。さては実戦仕様か。さらに四人の男女を従えている。


「待たせたね。ああ、彼等なら心配しなくていいよ。例え瀕死の重傷でも癒してくれる、治癒専門も魔法使いたちさ。君がどれだけ怪我をしようが、死ぬことはない」


 ウラルさん、目が笑ってない。こりゃ本気だね~。


「それなら俺も安心してブッ飛ばせますね。女だからって容赦しないっすから、痛くても我慢してくださいね?」

「ほう? 言うじゃないか。今後二度とその舐めた態度を取れないようにしてあげるよっ!」


 修練場に飛び降りて来たウラルさんは、手にしたワンドの先で宙に魔法陣を描いた。すると、火の弾が飛んで来る。その数二つ。


「無詠唱で炎弾二つ。副マス、やる」


 ちびっこ、副マスってなんだよ。まあ、無詠唱で魔法を発動させるのがどれだけすげえか俺には分からねえけど、これは恐らく小手調べだろ。だったら俺も余裕を見せないとな!


「遅いっすね」


 迫る火の弾はバッティングセンターの100㎞より少し速いくらいか。この程度なら対処は難しくない。最初の一個目は左手で受け止めてから右手に持ち直し、向かってくる二個目を目掛けてオーバースロー。

 ドドンと爆発音を響かせ火の玉を相殺すると、そのまま俺はウラルさんに向かって踏み込んで行った。


「なっ!?」


 まさか魔法まで素手で対処されるとは思っていなかったのか、焦りの表情を浮かべて後方に飛び退き距離を取ろうとするウラルさんだが、そういうのを逃しちゃいけねえってヴェスパから言われてんのよね。


「くっ、非常識な!」


 そう毒づきながらウラルさんがまたしてもワンドで魔法陣を描く。非常識と言われてもな。魔法の威力がヴェスパより弱い。つまり俺には既に耐性が付いている。


「これなら!」


 今度は地面の土が硬化して槍のように突き出して来る。


「無駄無駄無駄ァァァァァ!」


 魔法で作り出したとは言え、ヴェスパに比べたら一段劣る威力のものなんざ俺に効くか。突き出してくる槍状の土を踏み砕きながら、尚も俺は間合いを詰める。

 ていうか、結構殺す気で来てるよね?

 それなら俺もそれなりの力で行っちゃうよ?


「ふん!」


 握った右の拳をウラルさんのボディ目掛けて振り抜く。


「くっ!」


 その時俺の右手に違和感が。ちょっと妨害されたような感じだけど、そのまま強引に振り切った。


「げふっ!? な、なぜ……?」


 腹にパンチを喰らってくの字に身体を折り曲げながら、ウラルさんが吹き飛んでいく。ああ、これはアレだ。風の魔法で俺と自分の間に障壁を張ったのか。だから違和感があったんだな。


「やれー、タクトー」


 気の抜けるちびっこの声援に応えるべく、吹き飛ばされて蹲っているウラルさんに近付いていく。そうだな、威嚇のためにメイスでも構えていくか。


「ひっ……」

「死なない限りアノ人達が治してくれるんスよね?」


 そう言いながら俺はメイスを振りかぶる。


「や、やめろ。やめないと!」


 怯えながらも彼女はワンドで何かを描いている。


「き、来たれ水龍の牙、螺旋の槍となりて我が敵を穿て」

「ウラル様! さすがにその魔法は!」


 おお、治癒専門の人達が詠唱を聞いて騒ぎ出したぞ? かなりヤバい魔法らしいな。そして俺はなるほどと納得する。

 詠唱する事のデメリットはその魔法がどんなものか予想できてしまう事。これは俺のナノマシン君が新たに学習するいい機会かも知れない。それにこのウラルさんだってこのギルドじゃ重役さんだろうし、必要以上にメンツを潰すのもあんまり良くねえだろうしな。


「そいつはヤベエ! 避けろタクト!」


 珍しく焦ったヴェスパが叫ぶ。だけど俺は微笑みで返した。


「タクト……?」


 ウラルさんの目の前に浮かんだ水球が回転運動を起こす。そしてその形状が鋭い円錐形になり、その上ドリルのように高速回転を始めた。うん、予想通り。


「ってえ……」


 その水のドリルが俺の右の腹を貫いた。刺突に耐性があると言っても、さすがにドリルみたいな貫通力のあるものに対しては耐えられなかったみたいだ。


「タクト!」

「拓斗君!」

「おい! 大丈夫か!」


 ちびっこ、ジェンマ先生、ヴェスパが飛び降りてくる。


「大丈夫、ちょっと致命傷を喰らっただけだよ。少し寝れば治るって」

「タクト、鎮痛の魔法だけ、かける」

「ああ、それでいい。頼むぜ。流石に痛えわ」


 ナノマシンの効果を知っているちびっこが、下手に治癒の魔法を掛けずに痛みを和らげるだけにしてくれた。神経を麻痺させるデバフ魔法の一種らしい。要は麻酔と同じだな。俺はそのまま眠りに落ちた。



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