第35話

「先生、俺だって生徒の一人じゃねえのかよ……」


 狸寝入りで盗み聞きしていたジェンマ先生に思わず咎めるようなセリフが出てしまう。何だろうな? 冗談で言われてるのは分かってるし、彼女みたいな美人から言われたら嬉しいんだけど……


「んー、拓斗君は生徒としての実感が湧く前にこっちに連れて来られたせいで、頼れる仲間って感じなのよねぇ」

「ん、それ分かる」

「さようですか……」


 左腕のデバイスを見ると、まだ午前三時前。時間の観念は日本とリンクしているっぽいから、こっちも時間的にそんな感じだろ。


「ほら先生、まだ三時前っすよ。もうひと眠りしたらどうっすか?」

「そうね……夜這いしてもいいからね? おやすみなさい☆」


 悪戯っぽくウインクしたジェンマ先生が再び寝袋にくるまる。まったく、どこまで本気なのやら。

 焚火が絶える事のないように時折枯れ枝をくべながら、ちびっこと俺は色んな事を話した。初対面の印象は無口で不愛想な子だったけど、実はそんな事は無かった事に驚いた。

 自分が周囲と違う事を自覚した時、周りもまた自分から距離を置くようになっていた。それからは何となくこうなっていたそうだ。


「自分と周囲が違うと分かった時、こうしていた方が楽だと思った。でも本当のボクを見てくれるタクトの前では普通でいられる」


 結局、先入観なんだろうな。こいつが飛び級でクラスにいた天才だなんて俺は知らなかったからさ、俺にとってはただの生意気で無口なちびっこだったんだよ。時折やっぱコイツ天才だなっていう片鱗は見せつける事があるけど、テストで満点取ったとか、訳の分かんねえ計算式をスラスラ解いたとか、そういうのを見てないからな。


「俺からすりゃ、お前が一番頼り甲斐があるけどな。俺一人、いや、ジェンマ先生と二人でも、ソッコーで詰んでたと思うぜ?」

「でゅふふふふ」

「ちょっとひどいぞ拓斗君!」


 まだ起きてたのかよ先生……






「ゆうべはお楽しみでしたね」


 魔法で作った土のドームを元に戻しながら、ヴェスパがそんな事を言う。相変わらずカマボコ型の目をしてニヤニヤしている。つか、どこで覚えたそのセリフ。


「思ったよりアンタらが健脚なんでね。ちょっとペースを上げれば今日中にプラギーに着きそうだけどどうする?」


 俺達は、強化状態の身体が不都合を及ぼす時以外、奥歯のスイッチをオンにしているようになった。そうする事で、疲労に強くなったり筋力が強化されたりしている事が分かったからだ。おかげで鍛え抜かれた特級冒険者のヴェスパも感心する強靭さとスタミナを手に入れている。


「なら急ごうぜ。早いトコ武器を新調してえんだ」


 俺は曲がった柄を無理矢理戻して歪になっているメイスを見せながら苦笑する。


「ふむ……でも、それでも当面は凌げるんだろ? いざとなりゃアタイの武器を貸してやるよ。武器は迷宮で入手出来なかった時にプラギーで見繕えばいいさ」

「うん……まあその方が効率的か?」

「ん、武器を買った後で、迷宮でもっといいヤツを拾ったらなんか無駄」

「そうよねえ。あたしもそうしようかしら?」


 武器については全員一致。実際メイスなんてのは殴れりゃ十分だしな。


「まあ、武器の事は置いといても、今夜はベッドで寝たいし風呂にも入りてえ。だから急ごうぜ」

「ん。さんせー」


 昨晩語り合ってから随分明るくなったちびっこが伸びあがって右手を突き上げる。なんだこの小動物め。かわいいな。ハハハ。


***


 聖都:大聖堂中庭


「流石は召喚者ですね。もうこのレベルですか」


 揃いの上等なレザーアーマーを装備した二十六人の少年少女達の訓練を見て、アプリリーが満足気に呟く。また、その傍らではプレートメイルに身を包んだ騎士がそれに答えていた。


「ええ、殆どの連中は滞りなくスキルを入手しました。ただし、二名ほどスキルを得る前にスポーク村方面へ脱走したようです」

「大平原へ、ですか?」

「はい。一応追手は差し向けましたが発見には至りませんでした。それにあの辺りを少人数の捜索隊でうろつくのは……」


 騎士の報告を聞いて、アプリリーは顎に手を当てて考える素振りを見せる。


「初日に放り出した三人については?」

「は。カーブレの冒険者ギルドに問い合わせましたが、それらしき人物はいないと。ただ、気になる事がひとつ」

「続けなさい」

「は。見慣れぬ三人組の腕利き冒険者が現れ、あの『隻眼のヴェスパ』とパーティを組んだとか」

「ふむ……『隻眼』ですか」


 アプリリーは十年前の大平原討伐作戦を思い出し苦い顔をする。マンモスボアを討伐しようと大規模な部隊を編成したが逆に蹂躙され、当時召喚した異世界人達を囮にしてどうにか撤退出来た。

 異世界人は一人の少女を除いて全滅、生き残った少女は群れのボスの片耳と引き換えに左目を失ったと聞いている。それがどうにかカーブレに辿り着き冒険者になったと。

 聖都でその情報を掴んだのは随分後の事で、気付いた時には既にヴェスパは押しも押されぬ冒険者になっていた。

 冒険者になってしまうと、いかにアプリリーと言えども強硬な手段は取れない。冒険者ギルドという国家に囚われない組織が構成員を守るからだ。そしてヴェスパも表立って聖都に対して反抗的な動きをする訳でもなく、冒険者としてこの国で身を立てていく決心をしたようにも見える。なので、現状ヴェスパの件は放置していた。

 しかし、異世界から若者を召喚している事は既に露見しているだろう。


「面倒な事にならなければいいのですがね」


 大平原のマンモスボアの群れが討伐され、その中に『片耳』が含まれていたという情報が聖都にもたらされたのはその翌日の事だった。

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